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黒田室長はAIを教えない

AI時代に一番大切な仕事の教科書

第2章

答えより、質問

正しい答えを求める前に、黒田は一つの問いを返す。

読了時間 約6分公開日 2026年7月20日
  • 質問
  • 提案
  • お客様

翌朝。

営業部には珍しく笑い声が響いていた。

— 「また変な回答が出ました!」

蒼がパソコンを見ながら笑っている。

— 「『お客様に心から感謝しております』って書いてって頼んだら、『地球規模で感謝しております』って返ってきました。」

営業部がどっと笑う。

営業部員 — 「それは壮大だな。」

営業部員 — 「宇宙営業か。」

誰かがそう言うと、さらに笑いが広がった。

AIが入ってまだ二日。

営業部では少しずつ「怖い存在」から「ちょっと手のかかる新人」へと印象が変わり始めていた。

美咲も、その輪の中で笑っていた。

昨日までなら笑えなかった。

でも今は違う。

「新人なら、こんなこともあるか。」

そう思えるようになっていた。

その様子を少し離れた席から黒田が見ていた。

ブラックコーヒーを一口飲みながら、静かに微笑んでいる。

午前十時。

美咲は来週の商談に向けた提案書を作っていた。

相手は製造業の社長。

人手不足が続き、生産管理に課題を抱えている会社だ。

AIを開き、入力する。

製造業向けの提案書を作ってください。

数秒後。

文章が表示された。

悪くない。

でも、どこか引っかからない。

佐藤美咲 — 「何か違う……。」

そのときだった。

黒田が横を通りかかる。

黒田 — 「うまくいかない?」

佐藤美咲 — 「はい。」

黒田 — 「AIが悪い?」

美咲は画面を見つめたまま首をかしげた。

佐藤美咲 — 「たぶん……。」

黒田は椅子を引き、美咲の隣へ座る。

画面を見る。

入力欄を見る。

そして、静かに聞いた。

黒田 — 「質問。」

黒田 — 「その会社。」

黒田 — 「何に困ってる?」

佐藤美咲 — 「人手不足です。」

黒田 — 「他には?」

佐藤美咲 — 「生産管理が複雑で……。」

黒田 — 「もっと。」

美咲は考える。

佐藤美咲 — 「ベテランしか工程を把握していなくて。」

佐藤美咲 — 「若手へ引き継げない。」

黒田はうなずく。

黒田 — 「それ。」

黒田 — 「AIへ書いた?」

美咲は画面を見る。

そこには、

製造業向けの提案書を作ってください。

それだけだった。

佐藤美咲 — 「あ……。」

黒田は何も言わない。

美咲は自分で入力し直した。

ベテラン社員しか工程を把握できておらず、若手への技術継承に課題があります。生産管理を見える化し、教育しやすい仕組みを提案したいので、提案書を作成してください。

送信。

数秒後。

表示された文章は、さっきとはまるで違っていた。

佐藤美咲 — 「全然違う……。」

思わず声が漏れる。

黒田は笑った。

黒田 — 「AI。」

黒田 — 「頭いい。」

黒田 — 「でも。」

黒田 — 「心は読めない。」

昼休み。

営業部では「AIへどう頼むか」が話題になっていた。

蒼は楽しそうに話す。

— 「昨日まではAIがすごいと思ってたんです。」

— 「でも今日分かりました。」

— 「僕の質問が雑だっただけでした。」

先輩社員 — 「どういうこと?」

先輩社員が聞く。

蒼は少し照れながら答えた。

— 「AIって。」

— 「答えを作る前に。」

— 「質問を聞いてるんですよね。」

黒田は少し離れた席でコーヒーを飲んでいた。

その言葉だけ聞いて、小さくうなずく。

午後。

営業部へ一本の電話が入る。

急ぎの提案依頼だった。

納期は明日の午前中。

営業部が慌ただしくなる。

営業部員 — 「時間がない!」

営業部員 — 「資料集め!」

営業部員 — 「見積もり!」

美咲も慌ててAIを開いた。

しかし黒田だけは動かない。

— 「黒田さん!」

蒼が叫ぶ。

— 「急ぎです!」

黒田は落ち着いたまま聞いた。

黒田 — 「急ぎだから。」

黒田 — 「質問。」

営業部が止まる。

黒田 — 「この提案。」

黒田 — 「相手は。」

黒田 — 「何を買う?」

誰も答えられない。

営業部員 — 「システム?」

営業部員 — 「サービス?」

黒田は首を横に振る。

黒田 — 「安心。」

営業部が静かになる。

黒田 — 「お客様は。」

黒田 — 「システムを買わない。」

黒田 — 「安心を買う。」

黒田 — 「だから。」

黒田 — 「最初に聞くこと。」

黒田 — 「システムじゃない。」

黒田 — 「何に困っているか。」

美咲はその言葉を聞きながら、提案書の一行目を書き直した。

商品説明ではなく、

「現場の不安を減らすために。」

その一文から始めた。

夜。

提案書は完成した。

営業部全員でレビューを行う。

以前なら、

「誤字は?」

「数字は?」

そんな確認だけだった。

今日は違う。

黒田が聞く。

黒田 — 「質問。」

黒田 — 「この提案。」

黒田 — 「相手の不安。」

黒田 — 「ちゃんと書いてある?」

営業部は文章を読み返し始める。

誰もAIの話をしていなかった。

話しているのは、

お客様のことだった。

美咲はその瞬間、少しだけ気付く。

AIを使うようになってから、

以前より、

お客様について考える時間が増えている。

佐藤美咲 — 「不思議だな。」

便利になったはずなのに。

考える時間まで増えている。

黒田室長の仕事ノート No.2

良い答えは、良い質問からしか生まれない。

AIも同じ。

人も同じ。

相手が変わっても、仕事の本質は変わらない。

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