翌朝。
営業部には珍しく笑い声が響いていた。
蒼 — 「また変な回答が出ました!」
蒼がパソコンを見ながら笑っている。
蒼 — 「『お客様に心から感謝しております』って書いてって頼んだら、『地球規模で感謝しております』って返ってきました。」
営業部がどっと笑う。
営業部員 — 「それは壮大だな。」
営業部員 — 「宇宙営業か。」
誰かがそう言うと、さらに笑いが広がった。
AIが入ってまだ二日。
営業部では少しずつ「怖い存在」から「ちょっと手のかかる新人」へと印象が変わり始めていた。
美咲も、その輪の中で笑っていた。
昨日までなら笑えなかった。
でも今は違う。
「新人なら、こんなこともあるか。」
そう思えるようになっていた。
その様子を少し離れた席から黒田が見ていた。
ブラックコーヒーを一口飲みながら、静かに微笑んでいる。
午前十時。
美咲は来週の商談に向けた提案書を作っていた。
相手は製造業の社長。
人手不足が続き、生産管理に課題を抱えている会社だ。
AIを開き、入力する。
製造業向けの提案書を作ってください。
数秒後。
文章が表示された。
悪くない。
でも、どこか引っかからない。
佐藤美咲 — 「何か違う……。」
そのときだった。
黒田が横を通りかかる。
黒田 — 「うまくいかない?」
佐藤美咲 — 「はい。」
黒田 — 「AIが悪い?」
美咲は画面を見つめたまま首をかしげた。
佐藤美咲 — 「たぶん……。」
黒田は椅子を引き、美咲の隣へ座る。
画面を見る。
入力欄を見る。
そして、静かに聞いた。
黒田 — 「質問。」
黒田 — 「その会社。」
黒田 — 「何に困ってる?」
佐藤美咲 — 「人手不足です。」
黒田 — 「他には?」
佐藤美咲 — 「生産管理が複雑で……。」
黒田 — 「もっと。」
美咲は考える。
佐藤美咲 — 「ベテランしか工程を把握していなくて。」
佐藤美咲 — 「若手へ引き継げない。」
黒田はうなずく。
黒田 — 「それ。」
黒田 — 「AIへ書いた?」
美咲は画面を見る。
そこには、
製造業向けの提案書を作ってください。
それだけだった。
佐藤美咲 — 「あ……。」
黒田は何も言わない。
美咲は自分で入力し直した。
ベテラン社員しか工程を把握できておらず、若手への技術継承に課題があります。生産管理を見える化し、教育しやすい仕組みを提案したいので、提案書を作成してください。
送信。
数秒後。
表示された文章は、さっきとはまるで違っていた。
佐藤美咲 — 「全然違う……。」
思わず声が漏れる。
黒田は笑った。
黒田 — 「AI。」
黒田 — 「頭いい。」
黒田 — 「でも。」
黒田 — 「心は読めない。」
昼休み。
営業部では「AIへどう頼むか」が話題になっていた。
蒼は楽しそうに話す。
蒼 — 「昨日まではAIがすごいと思ってたんです。」
蒼 — 「でも今日分かりました。」
蒼 — 「僕の質問が雑だっただけでした。」
先輩社員 — 「どういうこと?」
先輩社員が聞く。
蒼は少し照れながら答えた。
蒼 — 「AIって。」
蒼 — 「答えを作る前に。」
蒼 — 「質問を聞いてるんですよね。」
黒田は少し離れた席でコーヒーを飲んでいた。
その言葉だけ聞いて、小さくうなずく。
午後。
営業部へ一本の電話が入る。
急ぎの提案依頼だった。
納期は明日の午前中。
営業部が慌ただしくなる。
営業部員 — 「時間がない!」
営業部員 — 「資料集め!」
営業部員 — 「見積もり!」
美咲も慌ててAIを開いた。
しかし黒田だけは動かない。
蒼 — 「黒田さん!」
蒼が叫ぶ。
蒼 — 「急ぎです!」
黒田は落ち着いたまま聞いた。
黒田 — 「急ぎだから。」
黒田 — 「質問。」
営業部が止まる。
黒田 — 「この提案。」
黒田 — 「相手は。」
黒田 — 「何を買う?」
誰も答えられない。
営業部員 — 「システム?」
営業部員 — 「サービス?」
黒田は首を横に振る。
黒田 — 「安心。」
営業部が静かになる。
黒田 — 「お客様は。」
黒田 — 「システムを買わない。」
黒田 — 「安心を買う。」
黒田 — 「だから。」
黒田 — 「最初に聞くこと。」
黒田 — 「システムじゃない。」
黒田 — 「何に困っているか。」
美咲はその言葉を聞きながら、提案書の一行目を書き直した。
商品説明ではなく、
「現場の不安を減らすために。」
その一文から始めた。
夜。
提案書は完成した。
営業部全員でレビューを行う。
以前なら、
「誤字は?」
「数字は?」
そんな確認だけだった。
今日は違う。
黒田が聞く。
黒田 — 「質問。」
黒田 — 「この提案。」
黒田 — 「相手の不安。」
黒田 — 「ちゃんと書いてある?」
営業部は文章を読み返し始める。
誰もAIの話をしていなかった。
話しているのは、
お客様のことだった。
美咲はその瞬間、少しだけ気付く。
AIを使うようになってから、
以前より、
お客様について考える時間が増えている。
佐藤美咲 — 「不思議だな。」
便利になったはずなのに。
考える時間まで増えている。
黒田室長の仕事ノート No.2
良い答えは、良い質問からしか生まれない。
AIも同じ。
人も同じ。
相手が変わっても、仕事の本質は変わらない。
COMPLETE
もうすぐ読了です
最後まで読むと、読了と関連リンクが表示されます。
前の話
第1章「AIは新人社員」
シリーズ一覧へ全エピソード次の話
第3章「答えは一人で作らない」