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黒田室長はAIを教えない

AI時代に一番大切な仕事の教科書

第3章

答えは一人で作らない

AIの回答を、そのまま正解にしないために必要なこと。

読了時間 約5分公開日 2026年7月20日
  • レビュー
  • 提案書
  • 視点

木曜日の午後。

営業部には珍しく緊張した空気が流れていた。

大型案件のプレゼンが翌日に迫っていた。

相手は創業八十年の老舗メーカー。

受注できれば、今年最大の契約になる。

会議室のテーブルには、印刷された提案書が並んでいた。

美咲は最後の一枚を置きながら、小さく息をつく。

佐藤美咲 — 「これで、完成です。」

営業部のメンバーが資料を手に取る。

蒼がページをめくる。

— 「すごいですね。」

— 「AIも結構使いました?」

佐藤美咲 — 「うん。」

美咲はうなずく。

佐藤美咲 — 「下書きはAI。」

佐藤美咲 — 「でも全部、自分で直した。」

— 「いいじゃないですか。」

蒼は素直に感心した。

以前なら、

「AIが全部やればいいのに。」

と言っていたはずだ。

少しずつ考え方が変わってきている。

そこへ黒田が入ってきた。

手にはいつものブラックコーヒー。

黒田 — 「できた?」

佐藤美咲 — 「はい。」

美咲は少し誇らしそうに提案書を差し出した。

黒田は受け取る。

すぐには読まない。

営業部を見渡して言った。

黒田 — 「レビューしよう。」

営業部の空気が少し止まる。

美咲は少し不安になる。

また赤字だらけになるのだろうか。

新人の頃、上司から返ってきた資料は真っ赤だった。

あの日の悔しさは、今でも覚えている。

黒田は一ページ目を開く。

しかし、赤ペンは持っていない。

代わりに顔を上げた。

黒田 — 「質問。」

営業部全員が黒田を見る。

黒田 — 「この提案。」

黒田 — 「誰に向けて書いた?」

美咲が答える。

佐藤美咲 — 「社長です。」

黒田は首をかしげる。

黒田 — 「社長?」

佐藤美咲 — 「はい。」

黒田 — 「社長しか読まない?」

美咲は黙る。

営業担当。

工場長。

経理。

情報システム。

決裁に関わる人は何人もいる。

佐藤美咲 — 「……違います。」

黒田 — 「じゃあ。」

黒田 — 「この資料。」

黒田 — 「全員に伝わる?」

営業部が静かになる。

蒼が資料を読み返す。

— 「専門用語、多いですね。」

別の社員が言う。

営業部員 — 「工場長には伝わるけど、経理は分からないかも。」

営業部員 — 「逆もあるな。」

誰かがつぶやく。

黒田は何も言わない。

ただコーヒーを一口飲む。

美咲は提案書を見つめた。

今まで、

「良い資料を作ろう。」

そう思っていた。

でも、

「誰に伝えるか。」

そこまで考えていなかった。

一時間後。

会議室のホワイトボードは付箋でいっぱいになっていた。

「社長が知りたいこと」

「現場が知りたいこと」

「経理が気にすること」

「情報システムが心配すること」

提案書ではなく、

相手の頭の中が並んでいた。

黒田はペンを置く。

黒田 — 「営業って。」

黒田 — 「資料を作る仕事じゃない。」

美咲が顔を上げる。

黒田 — 「相手の頭の中を想像する仕事。」

誰もメモを取らない。

でも全員が覚えていた。

夕方。

美咲は提案書を書き直していた。

AIにも相談する。

しかし、最初に入力したのは機能ではなかった。

この提案を読むのは、社長、工場長、経理部長、情報システム担当です。それぞれが気になる点を整理してください。

数秒後。

画面に並んだ内容を見て、美咲は思わず笑った。

佐藤美咲 — 「昨日より、いい答えだ。」

いや、違う。

昨日より、自分の質問が良くなった。

そのことに気付いたのだった。

翌日。

プレゼンは無事に終わった。

帰り道。

美咲は営業車の中で、大きく息を吐いた。

— 「どうだった?」

運転席の蒼が聞く。

佐藤美咲 — 「質問された。」

佐藤美咲 — 「いっぱい。」

— 「困った?」

美咲は首を横に振る。

佐藤美咲 — 「ううん。」

佐藤美咲 — 「全部。」

佐藤美咲 — 「想定してた質問だった。」

蒼が笑う。

— 「黒田さんのおかげですね。」

美咲も笑った。

佐藤美咲 — 「うん。」

少し考えてから付け加える。

佐藤美咲 — 「でも。」

佐藤美咲 — 「最後に答えたのは。」

佐藤美咲 — 「私だった。」

その言葉に、蒼は静かにうなずいた。

AIも、黒田も、答えを代わりに言ってはくれない。

最後にお客様の前で話すのは、自分だ。

その責任を少しだけ誇らしく思えた。

黒田室長の仕事ノート No.3

良い資料は、一人では作れない。

AIの視点。

仲間の視点。

お客様の視点。

視点が増えるほど、提案は強くなる。

仕事とは、答えを作ることではない。

相手が納得できる答えを、一緒に育てることである。

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