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黒田室長はAIを教えない

AI時代に一番大切な仕事の教科書

第4章

教えすぎた日

親切に教えることが、誰かの成長を止めることもある。

読了時間 約5分公開日 2026年7月20日
  • 教育
  • 育てる
  • 質問

金曜日の夕方。

営業部には、珍しく穏やかな空気が流れていた。

大型案件のプレゼンは成功した。

正式な返事はまだ先だが、お客様の反応は悪くなかった。

— 「久しぶりに手応えありましたね。」

蒼が缶コーヒーを片手に笑う。

佐藤美咲 — 「まだ決まってないけどね。」

美咲も笑い返した。

営業部の空気は、この数日で少し変わった。

以前なら、資料が完成すれば終わりだった。

今は違う。

「これ、お客様に伝わるかな。」

そんな言葉が自然と飛び交うようになっていた。

その日の夕方。

神崎部長が営業部へ入ってきた。

神崎部長 — 「来週から新人研修が始まる。」

営業部が顔を上げる。

神崎部長 — 「今年も一人、営業部で預かる。」

神崎部長 — 「黒田さん。」

神崎部長 — 「今年はお願いします。」

黒田は静かにうなずいた。

黒田 — 「分かりました。」

神崎部長が帰ると、蒼が笑った。

— 「黒田さんなら安心ですね。」

— 「一年で営業部一番に育てそう。」

黒田は少しだけ困ったように笑った。

黒田 — 「そんなことない。」

黒田 — 「昔は。」

黒田 — 「一番育てるのが下手だった。」

営業部が静かになる。

美咲が思わず聞いた。

佐藤美咲 — 「え?」

黒田は珍しく、自分から昔話を始めた。

黒田 — 「二十年前。」

黒田 — 「初めて新人を持った。」

黒田 — 「教えた。」

黒田 — 「全部。」

営業部は耳を傾ける。

黒田 — 「営業のやり方。」

黒田 — 「電話。」

黒田 — 「メール。」

黒田 — 「提案。」

黒田 — 「断られた時の返し方。」

黒田 — 「全部。」

黒田は少し笑った。

黒田 — 「自信あった。」

黒田 — 「これで育つと思ってた。」

黒田 — 「でも。」

言葉が止まる。

ブラックコーヒーを一口飲む。

黒田 — 「半年で辞めた。」

営業部が静まり返る。

— 「理由。」

— 「黒田さんが厳しかったんですか?」

蒼が遠慮がちに聞いた。

黒田は首を横に振る。

黒田 — 「逆。」

黒田 — 「優しすぎた。」

— 「……?」

黒田 — 「全部。」

黒田 — 「教えた。」

黒田 — 「考える前に。」

黒田 — 「答えを言った。」

美咲は思わず息をのむ。

黒田は続けた。

黒田 — 「ある日。」

黒田 — 「新人に聞いた。」

『どうしてそう思った?』

黒田 — 「返事。」

黒田 — 「ありません。」

黒田 — 「何も。」

黒田 — 「考えてなかった。」

営業部の誰も言葉を発しない。

黒田 — 「私が。」

黒田 — 「全部。」

黒田 — 「考えてたから。」

黒田は机の上の黒いノートを開いた。

一番古いページだった。

そこには、色あせた万年筆の文字が残っている。

五月十二日 今日、山本が辞めた。教えたつもりだった。でも、育てていなかった。

美咲は目を伏せる。

これは名言ではない。

後悔だった。

黒田 — 「その日から。」

黒田はページを閉じた。

黒田 — 「答えを。」

黒田 — 「減らした。」

黒田 — 「代わりに。」

黒田 — 「質問を増やした。」

蒼がぽつりと言う。

— 「だから。」

— 「質問しかしないんですね。」

黒田は笑った。

黒田 — 「まだ。」

黒田 — 「修行中。」

営業部に小さな笑いが広がる。

その笑いは、今までとは少し違った。

尊敬だけではない。

親しみが混ざっていた。

その夜。

美咲は帰宅してから、ふと今日の会話を思い出した。

「全部教えた。」

「だから育たなかった。」

その言葉が頭から離れない。

リビングでは、小学五年生の娘・結菜が夏休みの宿題をしていた。

結菜 — 「お母さん。」

結菜 — 「この算数、分かんない。」

美咲は反射的に答えを書きそうになった。

でも、手が止まる。

黒田の声が聞こえた気がした。

「質問。」

美咲は娘の隣に座る。

佐藤美咲 — 「どこまでは分かった?」

結菜は少し考える。

結菜 — 「ここまではできた。」

佐藤美咲 — 「じゃあ。」

佐藤美咲 — 「次はどうしたらいいと思う?」

娘は鉛筆を持ち直した。

しばらく考える。

結菜 — 「あ。」

結菜 — 「分かった。」

その瞬間、美咲は思わず笑ってしまった。

黒田が教えていたのは、

営業でも、

AIでもなかった。

人の育て方だったのだ。

黒田室長の仕事ノート No.4

教えることと、育てることは違う。

教えるとは、知識を渡すこと。

育てるとは、考える力を残すこと。

答えは忘れる。

自分で見つけた答えは、人生に残る。

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第3章「答えは一人で作らない」

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