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黒田室長はAIを教えない 外伝

美咲は今日もAIに話しかける

第13話

この契約書、サインしていいんですか?

契約書の旧版・新版をAIで比較し、変わった条件と確認すべき質問を整理する。署名の判断は法務・責任者へ渡す回。

読了時間 約8分契約書比較・確認事項整理

火曜日の午前、美咲のメールに一通の返信が届いた。

件名は、「業務委託契約書(改定版)のご送付」。

来月から使う予約システムの会社からだった。 先週、見積もりの条件を確認したばかりなのに、添付されているのは「改定版」の契約書だった。

「改定版……?」

美咲は、添付ファイルを開いた。 十数ページの契約書。文字は小さく、同じような言葉が何度も出てくる。

利用料、契約期間、解約、損害賠償、秘密保持。

どれも大切そうだ。 でも、前に送られてきた版と何が変わったのかは、ぱっと見ただけでは分からない。

そこへ山内部長からメッセージが来た。

「今日中に内容を確認して、問題なければ進めてください。気になる点があれば、午後の打ち合わせで共有を」

美咲は思わず画面を見直した。

「問題ないかって言われても……」

契約書にサインするのは美咲ではない。 法務担当も別にいる。

それでも、どこが変わったのか、何を確認すべきなのかを整理できなければ、相談すらできない。

美咲は、前回の契約書と改定版を並べた。

ページ数は一つ増えている。 料金の表は似ている。 けれど、一文字ずつ目で追って比べていくのは、現実的ではなかった。

隣の席の佐伯さんが、画面をのぞき込んだ。

「契約書?」

「はい。改定版が来たんです。でも、何が変わったのか分からなくて」

「AIに読ませるのか?」

美咲は少し迷った。

「契約書をそのまま入れていいんでしょうか」

「まず、社内のルールを確認する。外部サービスに入れてよい情報か、契約相手との取り決めはどうか。使える環境なら、AIには“判定”ではなく“比較と質問の整理”を頼む」

佐伯さんは続けた。

「AIに『サインしていい?』と聞くな。責任を取る人に渡すための、確認メモを作らせるんだ」

美咲は、会社で利用を認められているAI環境を開いた。 相手先名、担当者名、金額など、必要のない固有情報は伏せる。

そして、旧版と新版から、比較してよい条項を貼り付けた。

以下は、同じ業務委託契約書の旧版と新版です。
あなたは契約実務を補助するアシスタントとして、法的な結論や署名の可否は判断せず、次の作業だけをしてください。

  1. 追加・削除・変更された条項を、条項番号ごとに表で整理する
  2. 変更内容を平易な言葉で要約する
  3. 当社が確認すべき質問を挙げる
  4. 「契約期間・自動更新・料金・解約・責任範囲・秘密保持・データの扱い」に関係する変更は目立つように示す

書かれていない内容は推測せず、「本文からは確認できない」と書いてください。
最終的な判断は法務・責任者が行う前提です。

しばらくして、AIが比較表を返してきた。

| 項目 | 旧版 | 新版 | 確認したいこと | | --- | --- | --- | --- | | 契約期間 | 1年間 | 1年間 | 変更なし | | 自動更新 | 記載なし | 満了30日前までに通知がなければ1年更新 | 自動更新を許容するか | | 解約 | 30日前通知 | 原則60日前通知 | 運用上、60日前で問題ないか | | 料金 | 月額固定 | 月額固定+利用量に応じて改定できる旨を追加 | 改定条件・上限はあるか | | 責任範囲 | 直接損害のみ | 間接損害を除く文言を追加 | 障害時の補償範囲は十分か |

美咲は、一つずつ読み直した。

「自動更新、前はなかったんだ」

料金の条項も気になった。 “利用量に応じて改定できる”と書いてあるが、いつ、どのくらい変わるのかは分からない。

AIはさらに、こんな確認質問を出していた。

  • 料金改定の事前通知は、何日前ですか?
  • 改定額に上限はありますか?
  • 中途解約した場合、残期間の利用料は発生しますか?
  • システム障害時の連絡窓口・復旧目標・データの復旧条件は、別紙に定められていますか?

美咲は、ここで初めて「何を聞けばいいか」が見えた気がした。

午後の打ち合わせ。 美咲は、契約書そのものを読み上げなかった。

最初に、A4一枚の確認メモを見せた。

今回の改定で、社内判断が必要な点

  • 自動更新条項を受け入れるか
  • 解約通知を60日前とする運用に問題がないか
  • 料金改定の条件・通知時期・上限を確認する
  • 障害時の責任範囲とデータ復旧条件を、別紙も含めて確認する

山内部長は、表を読んで顔を上げた。

「これなら、法務にも相談しやすいね。料金改定と解約条件は、先方に確認してから進めよう」

法務の石田さんも言った。

「差分が整理されていると助かります。ただ、ここにない変更がないかは原文で確認します。AIの表は入口として使いましょう」

美咲はうなずいた。

AIの表だけで、契約の安全が保証されるわけではない。 でも、長い文書の中から“判断が必要な場所”を見つける助けにはなる。

帰り際、佐伯さんが声をかけた。

「今日、AIに決めさせなかったのがよかったな」

「はい。サインしていいかを聞くんじゃなくて、確認することを出してもらいました」

「それができれば、相談する人の時間も無駄にしない」

美咲は、先方へ送る質問を見直した。

分からないことを、分からないまま急いで通すのではない。 誰が判断するべきかを明確にして、必要な問いを渡す。

それも、AIと仕事をする力なのだと思った。

美咲AIノート

今日の学び:AIに契約の「比較表」と「確認質問」を作ってもらう

契約書の確認では、AIに署名の可否や法的な結論を決めさせません。

使いどころは、旧版と新版の差分を見つけ、責任者・法務・取引先に確認すべき質問を整理することです。

特に、次の項目に変更がないかを確認します。

  • 契約期間と自動更新
  • 料金、改定条件、支払い条件
  • 解約の期限と費用
  • 損害賠償・責任の範囲
  • 秘密保持とデータの扱い
  • 障害時の連絡、復旧、サポート

使えるプロンプト

以下は同じ契約書の旧版と新版です。
あなたは契約実務を補助するアシスタントとして、法的な結論や署名の可否は判断しないでください。

次の作業をしてください。

  1. 追加・削除・変更された条項を、条項番号ごとに表で整理する
  2. 変更内容を平易な言葉で要約する
  3. 当社が法務・責任者・取引先へ確認すべき質問を挙げる
  4. 契約期間・自動更新・料金・解約・責任範囲・秘密保持・データの扱いに関係する変更を目立つように示す

書かれていないことは推測せず、「本文からは確認できない」と書いてください。
最終判断は法務・責任者が行う前提です。

【旧版】
(ここに貼る)

【新版】
(ここに貼る)

実務での使い方

  1. まず、社内ルール上AIへ入力してよい文書か確認する
  2. 相手先名・金額・個人情報など、不要な固有情報は伏せる
  3. AIの比較表を原文と照らし、見落としがないか確認する
  4. 重要な変更は、法務・責任者・取引先への質問に変える
  5. サインや承認は、権限を持つ担当者が最終判断する

使用時の注意

契約書には、取引先の秘密情報や個人情報が含まれる場合があります。社内で承認された環境以外へ、原文をそのまま入力しないでください。

また、AIの出力は法的助言ではありません。契約条件の解釈や署名の可否は、必ず法務・専門家・権限を持つ責任者へ確認します。

美咲の一歩

分からない文書を前にすると、早く答えを出さなきゃと思っていた。
でも今日は、答えを急ぐ前に、誰に何を確認すべきかを整理できた。
「分からない」を、次の人が判断できる問いに変える。
それなら、私にもできる気がした。

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