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黒田室長はAIを教えない 外伝

美咲は今日もAIに話しかける

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議事録は、会議中には完成しない

会議メモを全部残すのではなく、決定事項・担当・期限へ整理する。美咲が初めて仕事でAIに話しかける回。

読了時間 約27議事録・情報整理

朝八時四十五分。

始業まで、あと十五分。

美咲は紙コップのコーヒーを机の右端に置き、ノートパソコンを開いた。

会社のロゴが表示され、続いてメール、チャット、予定表が一斉に立ち上がる。

画面の右側には、今日の予定が縦に並んでいた。

九時三十分、営業会議。

十一時、プロジェクト定例会。

十三時、取引先とのオンライン打ち合わせ。

十五時、社内システム改善ミーティング。

「会議、多すぎ……」

思わず声に出た。

隣の席でパソコンを操作していた先輩の佐伯が、画面から目を離さずに笑った。

「会議が多い日は、会議が終わってからが本番だからね」

「分かります」

「議事録、報告メール、宿題の確認。会議そのものより長いときあるし」

「まさに今日、それです」

美咲は苦笑いを浮かべた。

入社三年目。

電話対応も、取引先とのメールも、見積書の作成も、以前よりずっと早くできるようになった。

小さな案件であれば、一人で進められる。

後輩から質問されることも増えた。

それでも、どうしても苦手な仕事が一つあった。

議事録だった。

美咲にとって議事録は、会議の内容をきれいに書き写す仕事だった。

誰が何を話したのか。

どんな意見が出たのか。

話題がどう変わったのか。

できるだけ漏らさず、できるだけ正確に残す。

そうしなければならないと思っていた。

そのため、会議中は常に必死だった。

話を聞きながら、キーボードを打つ。

入力している間に次の話題へ進む。

前の発言を思い出そうとしているうちに、さらに別の人が話し始める。

気がつけば、何の話をしているのか分からなくなる。

そして会議が終わると、大量のメモだけが残る。

内容はたくさん書いてある。

しかし、何が決まったのかは分からない。

誰が何をするのかも分からない。

そのメモを読み返し、記憶をたどり、一時間かけて議事録に直す。

美咲にとって、会議が終わった瞬間は仕事の終わりではなかった。

そこからが本番だった。

「美咲さん」

背後から声がした。

振り返ると、営業部長の山内が立っていた。

「今日の営業会議、議事録お願いね」

「あ、はい」

反射的に答えた。

山内はそれだけ伝えると、すぐに別の社員のところへ向かった。

美咲は予定表を見た。

最初の会議まで、あと四十分。

「やっぱり私か……」

佐伯が横から顔をのぞかせた。

「頑張って」

「他人事ですね」

「議事録係は若手の登竜門だから」

「それ、誰が決めたんですか」

「たぶん、議事録を書かない人」

二人で小さく笑った。

しかし、美咲の気持ちは重かった。

今日の営業会議は、来月から始まる新しい販促企画について話し合う予定だった。

営業部だけでなく、企画部、総務部、システム部も参加する。

人数が多い。

話題も多い。

きっと、また話があちこちに飛ぶ。

美咲は机の引き出しからノートを取り出した。

ページの左上に日付を書き、その下に会議名を書く。

さらに、参加者、議題、決定事項、宿題と見出しを作った。

そこまで書いて、少し安心した。

今日は整理して書けるかもしれない。

そう思った。

しかし、その期待は会議開始から十分で崩れた。

「まず、来月のキャンペーンですが」

山内部長が資料を開いた。

「営業としては、既存顧客向けの案内を強化したいと考えています」

企画部の担当者が手を挙げた。

「既存顧客だけでは数字が伸びにくいので、新規顧客向けの広告も必要だと思います」

「広告費はどこから出すんですか」

総務部の社員が聞いた。

「そこは昨年度の販促予算の残りを使えないでしょうか」

「残りといっても、展示会費用を引いたら、それほどありません」

「展示会は本当に必要ですか」

「それを今から見直すんですか」

話が広がる。

美咲は入力を始めた。

既存顧客向け案内を強化。

新規広告も必要。

広告費について確認。

展示会費用見直しの可能性。

打っている間にも、会話は進んだ。

「システム側としては、申込フォームの改修に二週間は必要です」

「二週間?」

「内容が確定してからです」

「来月一日から始めるなら、今週中に決めないと間に合わないですね」

「じゃあ、今日決めましょう」

「でも広告のデザイン案がまだありません」

「デザインは外注でしたよね」

「前回の会社にお願いするんですか」

「前回、納期が遅れたじゃないですか」

美咲の指が止まる。

今は、システムの話だったのか。

広告の話だったのか。

外注先の話だったのか。

一度、入力した文章を読み返した。

その間にも、会議は進む。

「では、キャンペーン期間は一か月でどうでしょう」

「短くないですか」

「予算を考えると一か月です」

「効果測定は誰がやるんですか」

「営業企画でいいでしょう」

「その場合、集計方法を先に決めないと」

「売上件数だけでいいんじゃないですか」

「問い合わせ数も見た方がいいと思います」

また話題が増えた。

美咲はノートに矢印を書いた。

広告費。

申込フォーム。

外注先。

キャンペーン期間。

効果測定。

それぞれを線でつなぐ。

しかし、どれとどれがつながっているのか、自分でも分からなくなった。

隣に座っている佐伯は、ときどき資料にメモをしているだけだった。

美咲は不思議に思った。

こんなに話が進んでいるのに、なぜあれだけしか書かなくて平気なのだろう。

会議は一時間続いた。

最後に山内部長が言った。

「では、今日の内容は以上です。各担当は準備を進めてください」

椅子が一斉に動いた。

参加者は資料を閉じ、次の予定へ向かっていく。

美咲は慌てて山内を呼び止めた。

「あの、各担当というのは……」

山内は時計を見た。

「ああ、議事録にまとめておいて。見れば分かると思うから」

「はい……」

山内は足早に会議室を出ていった。

数分後、会議室には美咲だけが残った。

机の上にはノートパソコン。

その横には、矢印だらけのノート。

画面には文字がびっしり並んでいる。

美咲は最初から読み返した。

既存顧客向け案内強化。

新規向け広告検討。

予算確認。

展示会費用の見直し。

申込フォーム改修二週間。

外注先変更の可能性。

キャンペーン期間一か月。

効果測定方法検討。

「これ、結局何が決まったの?」

自分で書いたはずなのに、分からない。

外注先は変更するのか。

広告費はどこから出すのか。

フォーム改修をするのか。

誰がいつまでに何をするのか。

会議中には分かっていた気がする。

しかし、文字にすると曖昧だった。

美咲は録音データを確認した。

会議の最初から聞き直せば、正確にまとめられるかもしれない。

再生ボタンに指を置く。

録音時間は、一時間二分。

時計を見る。

次の会議まで、あと十五分。

「無理……」

肩を落とした。

「何が無理なんですか」

突然、入口から声がした。

美咲が顔を上げると、黒田室長が立っていた。

黒田は手に資料を持ち、いつもの落ち着いた表情でこちらを見ていた。

「議事録です」

「会議は終わったんですよね」

「はい。でも、議事録が終わっていません」

黒田は会議室に入り、美咲の斜め向かいに座った。

画面を見て、次にノートを見る。

「たくさん書いていますね」

「はい。できるだけ全部書こうと思って」

「全部?」

「話した内容を残さないといけないので」

黒田は画面の一文を指さした。

『前回の展示会では来場者が多かったが、名刺交換後のフォローが不十分だったとの意見』

「これは必要ですか」

「え?」

「議事録に必要ですか」

美咲は文章を読み返した。

「前回の反省なので、必要だと思います」

「では、これを読んだ人は何をすればいいんですか」

「何を……」

美咲は答えられなかった。

黒田は別の文章を指さした。

『広告は必要だが、予算面の課題があるため調整が必要』

「これは?」

「広告を出すか検討するという意味です」

「誰が検討するんですか」

「それは……」

「いつまでに?」

「……分かりません」

「では、仕事は進みますか」

美咲は黙った。

黒田は椅子の背もたれに軽く体を預けた。

「美咲さんは、議事録を何だと思っていますか」

「会議の記録です」

「何のための記録ですか」

「後から確認するためです」

「何を?」

黒田の質問は短かった。

しかし、美咲は答えに詰まった。

会議で話したこと。

参加者の発言。

検討した内容。

思いつく言葉はいくつもあった。

けれど、どれも黒田が求めている答えではない気がした。

「分かりません」

美咲が正直に言うと、黒田はうなずいた。

「議事録は、会議を保存するためのものではありません」

「違うんですか」

「会議で一時間話しても、その一時間をもう一度読む人はいません」

黒田は机の上のノートを指で軽くたたいた。

「会議の後に、仕事を進めるために使うものです」

「仕事を進めるため……」

「誰が」

黒田は人差し指を立てた。

「何を」

二本目の指を立てる。

「いつまでにやるのか」

三本目の指を立てる。

「それが分かれば、次の行動に移れます」

美咲は自分のノートを見た。

大量の文字はある。

しかし、誰が、何を、いつまでに、という形では書かれていない。

「でも、会議で出た意見も残した方がいいですよね」

「必要な意見は残します」

「必要な意見?」

「決定に影響した意見です」

黒田は続けた。

「例えば、申込フォームの改修に二週間必要だという話が出た」

「はい」

「その結果、今週中に内容を決める必要がある」

「はい」

「重要なのは、システム担当者が二週間必要と言ったことではありません」

「では、何が重要なんですか」

「今週中に内容を決めなければ、開始日に間に合わないことです」

美咲は画面を見た。

そこにはシステム担当者の発言が、ほぼそのまま書かれていた。

「話したことを残すのではなく、仕事に必要な形に変えるんですね」

「そうです」

「でも、それって、会議中に判断しないといけませんよね」

「はい」

「難しいです」

「難しいでしょうね」

あっさり言われ、美咲は少し不満そうな顔をした。

「そこは否定してくれないんですね」

「難しいものを、簡単だと言う方が不親切です」

黒田は立ち上がった。

「まずは、三つに分けてください」

「三つ?」

「決まったこと」

「はい」

「まだ決まっていないこと」

「はい」

「誰かがやること」

美咲はノートの新しいページを開いた。

三本の縦線を引き、それぞれに見出しを書く。

決定事項。

未決事項。

やること。

「これだけですか」

「最初は、それだけで十分です」

黒田は会議室を出ようとした。

美咲は慌てて声をかけた。

「黒田室長」

「はい」

「さっき、整理するのはAIが得意だと聞いたことがあります」

黒田は足を止めた。

「そうかもしれません」

「AIを使えば、早くできますか」

「早くなることはあります」

「じゃあ、使い方を教えてください」

黒田は少しだけ笑った。

「私はAIを教えません」

「またそれですか」

「またそれです」

「意地悪ですね」

「教えてもらわなければ使えないなら、ずっと誰かに聞き続けることになります」

「でも、最初くらいは……」

「美咲さん」

黒田の声が少しだけ低くなった。

「AIに何をさせたいかは、もう分かっていますよね」

美咲は机の上の三つの見出しを見る。

決定事項。

未決事項。

やること。

「会議メモを、この三つに分けたいです」

「なら、それを伝えればいい」

「それだけですか」

「最初は、それだけです」

黒田は会議室を出ていった。

美咲はしばらく入口を見つめた。

教えてくれたような。

教えてくれなかったような。

いつも、そうだった。

黒田室長は答えを言わない。

けれど、何も教えていないわけでもない。

美咲は自分のパソコンに視線を戻した。

ブラウザを開く。

ブックマークの中に、以前登録したAIチャットのページがあった。

友人から勧められて、何度か雑談に使ったことはある。

夕飯の献立。

旅行先。

映画のおすすめ。

しかし、仕事に使ったことはなかった。

会社の情報を入れて大丈夫なのか。

正しい答えが返ってくるのか。

間違った内容を作られないか。

不安はいくつもあった。

それでも、このまま一時間の録音を聞き直すよりは、試してみたいと思った。

美咲はAIチャットを開いた。

白い画面の中央に入力欄が表示される。

カーソルが点滅していた。

何を書けばいいのだろう。

黒田の言葉を思い出す。

AIに何をさせたいか。

美咲はキーボードに指を置いた。

『こんにちは』

そこまで入力して、手を止める。

仕事を頼むのに、こんにちはは必要なのだろうか。

消そうか迷ったが、そのまま送信した。

数秒後、返事が表示された。

『こんにちは。今日はどのようなお手伝いをしましょうか。』

美咲は少しだけ笑った。

「ちゃんと返事してくれるんだ」

誰もいない会議室で、独り言を言う。

続けて入力する。

『今日の会議メモがあります。議事録を作るのを手伝ってください。』

送信。

すぐに返事が表示された。

『もちろんです。会議メモを貼り付けてください。内容を整理し、読みやすい議事録にまとめます。』

美咲は自分のメモを選択し、コピーした。

貼り付ける直前で手が止まる。

取引先名。

予算。

社員の名前。

社内情報が含まれている。

そのまま入力してよいのだろうか。

美咲は一度、貼り付けをやめた。

代わりに、取引先名を「A社」に置き換える。

社員の名字を「営業担当」「企画担当」「システム担当」に変える。

具体的な金額は「予算上限」に書き換えた。

少し時間はかかったが、そのまま入力するより安心できた。

そして、会議メモを貼り付けた。

最後に一文を加える。

『この内容から議事録を作ってください。』

送信ボタンを押した。

画面に文章が次々と表示される。

会議名。

日時。

参加者。

議題。

概要。

主な意見。

美咲は目を見開いた。

「すごい……」

自分が一時間かけて書いていたような文章が、数十秒で並んでいく。

文章も自然だった。

誤字もほとんどない。

会議で出た話題が、きれいに整理されている。

美咲は思わず背筋を伸ばした。

「これなら、もう終わったかも」

生成された内容を読み進める。

既存顧客向け施策について意見交換を行った。

新規広告について検討した。

申込フォーム改修について説明があった。

キャンペーン期間について複数の意見が出た。

効果測定方法について検討した。

美咲の笑顔が、少しずつ消えていった。

「きれいだけど……」

確かに議事録らしい。

しかし、何が決まったのかは、やはり分からない。

誰が何をするのかも書かれていない。

会議メモが、きれいな文章に直っただけだった。

美咲は画面を見つめた。

「これじゃ、元のメモと同じだ」

AIなら全部分かってくれると思っていた。

会議メモを渡せば、重要な内容を判断し、理想の議事録にしてくれると思っていた。

けれど、AIは美咲の考えていた形にはしてくれなかった。

少し期待しすぎたのかもしれない。

そう思いながら、AIの返答を読み返す。

すると、一番下に文章が表示されていた。

『用途や希望する形式があれば、決定事項、担当者、期限、ToDoなどに分けて再整理できます。』

美咲の目が止まった。

決定事項。

担当者。

期限。

ToDo。

さっき黒田が言っていたことと同じだった。

「そうか」

美咲は小さくつぶやいた。

AIが分かってくれなかったのではない。

自分が伝えていなかったのだ。

何を残したいのか。

どういう形にしたいのか。

何のために使うのか。

美咲は新しく入力した。

『以下の会議メモを、次の項目に分けて整理してください。

  1. 決定事項
  2. 未決事項
  3. 担当者が行うこと
  4. 期限

会議で明確に決まっていない内容は、決まったように書かないでください。

担当者や期限が分からない場合は、「要確認」と書いてください。』

送信ボタンを押す。

今度は、先ほどと違う形で回答が始まった。

『決定事項』

・キャンペーンは来月開始を目標とする。

・申込フォームの改修を行う方向で進める。

『未決事項』

・広告予算の確保方法。

・広告制作の外注先。

・キャンペーンの実施期間。

・効果測定の具体的な指標。

『担当者が行うこと』

・営業担当:既存顧客向け案内方法を整理する。

・企画担当:新規広告案を作成する。

・システム担当:申込フォームの改修スケジュールを確認する。

『期限』

・申込フォームの内容確定:今週中。

・その他の項目:要確認。

美咲は画面に顔を近づけた。

「これだ」

今度は、会議の後に何をすればよいかが分かる。

決まっていないことも分かる。

期限が不明なものも、勝手に作られていない。

ただし、よく見ると一つ気になる点があった。

「キャンペーンは来月開始って、本当に決まったっけ」

会議では、来月一日から始めたいという話は出ていた。

しかし、正式に決定したかどうかは曖昧だった。

美咲は録音データを該当部分まで早送りした。

山内部長はこう言っていた。

『できれば来月一日から始めたいので、それを目標に進めましょう』

決定ではない。

目標だった。

AIは会話のニュアンスを、少し強く解釈していた。

美咲は入力した。

『「来月開始を目標とする」は決定事項ではなく、予定または目標として分けてください。事実と推測が混ざらないように修正してください。』

AIはすぐに修正版を作った。

『方針・目標』

・キャンペーンは来月一日の開始を目標として準備する。

『決定事項』

・申込フォームの改修に向けて準備を進める。

『未決事項』

・キャンペーンの正式な開始日。

・広告予算の確保方法。

・広告制作の外注先。

・キャンペーンの実施期間。

・効果測定の具体的な指標。

美咲はうなずいた。

一度で完璧に作るのではない。

出てきた文章を確認し、違う部分を直す。

足りない部分を追加で伝える。

人に仕事を頼むときと同じだった。

最初から全部分かってくれるわけではない。

美咲は、もう一つ指示を加えた。

『最後に、会議後すぐに確認すべきことを、優先順位順に三つ書いてください。』

回答が表示された。

一つ目。

キャンペーンの正式な開始日と実施期間を確認する。

二つ目。

広告予算の確保方法と外注先を決定する。

三つ目。

申込フォームの改修内容を確定し、システム担当へ共有する。

「分かりやすい」

美咲はその三項目をコピーし、議事録の冒頭に置いた。

さらに、会議名、日時、参加者を追加する。

発言者の名前は必要な部分だけ戻し、社外に出せない情報が含まれていないか確認する。

録音データと照らし合わせながら、決定事項を一つずつ確認する。

AIが作った文章をそのまま使うのではない。

事実と合っているか。

勝手な解釈が入っていないか。

担当者や期限が正しいか。

美咲自身が確認した。

十分後。

議事録が完成した。

いつもなら一時間以上かかる仕事だった。

今日は、会議終了から二十五分で終わった。

AIに入力する前の情報整理や、内容確認の時間も含めて二十五分。

完全な自動化ではない。

ボタン一つで終わったわけでもない。

それでも、いつもの半分以下だった。

何より、以前の議事録より分かりやすかった。

美咲は山内部長にメールを送った。

『本日の営業会議の議事録を作成しました。

未決事項と担当者の確認が必要な項目を分けて記載しています。

担当者および期限が未確定の部分について、ご確認をお願いいたします。』

数分後、山内から返信が来た。

『分かりやすいです。

特に未決事項が整理されているので、次に決めることが見えました。

担当者と期限はこちらで追記します。』

美咲は、メールを二度読んだ。

議事録を褒められたのは、初めてだった。

これまでは、誤字を指摘されることはあっても、分かりやすいと言われたことはなかった。

「何か良いことありました?」

声に振り返ると、会議室の入口に佐伯が立っていた。

「議事録、褒められました」

「珍しい」

「そこは普通に喜んでください」

「ごめん。どうやったの?」

美咲は画面を見せた。

「AIを使ってみました」

「議事録を全部作らせたの?」

「最初はそうしようとしました。でも、うまくいかなくて」

「じゃあ、どうしたの?」

「決定事項と未決事項と、誰が何をするかに分けてもらいました」

佐伯は完成した議事録を読む。

「これ、見やすいね」

「でも、AIが少し勘違いしていたところもありました」

「そのまま使ったら危なかった?」

「はい。来月開始が正式決定みたいに書かれていました」

「なるほど」

「なので、録音と照らして確認しました」

佐伯は画面から美咲へ視線を移した。

「ちゃんと確認したなら大丈夫でしょ」

「AIが全部やってくれると思っていました」

「やってくれなかった?」

「手伝ってはくれました。でも、最後に決めるのは私でした」

そのとき、廊下を黒田が通りかかった。

佐伯が声をかける。

「黒田室長、美咲さんがAIで議事録を作りましたよ」

黒田は足を止めた。

「そうですか」

「もっと驚いてください」

「使うだけなら、誰でもできます」

美咲は少しむっとした。

「でも、ちゃんと完成しました」

「では、AIが作ったんですか」

美咲は答えようとして、止まった。

会議メモを整理したのはAIだった。

文章を整えたのもAIだった。

しかし、何を残すかを決めたのは自分だった。

誤りを見つけたのも自分だった。

正式な議事録として提出したのも自分だった。

「一緒に作りました」

美咲が答えると、黒田は小さくうなずいた。

「それなら、よかった」

「黒田室長」

「はい」

「AIって、もっと勝手に何でもやってくれるものだと思っていました」

「勝手にやってほしいんですか」

「楽なので」

「では、間違っていても?」

「それは困ります」

「自分で考えていない内容でも?」

「それも困ります」

黒田は淡々と言った。

「便利さと、丸投げは違います」

「丸投げ……」

「AIに任せることと、判断まで渡すことは同じではありません」

美咲は完成した議事録を見る。

AIに頼ることに、少し後ろめたさがあった。

自分が楽をしているような気がしていた。

けれど、今日やったことは、仕事を手放したわけではない。

文字を整理する作業をAIに任せた。

その分、自分は内容を確認し、次に必要なことを考えた。

「議事録を書く時間より、確認する時間の方が大事なんですね」

黒田は答えなかった。

代わりに、時計を見た。

「次の会議、始まりますよ」

「あっ」

美咲は慌ててノートパソコンを閉じた。

「今度は、会議中から三つに分けてみます」

「何をですか」

「決まったこと、決まっていないこと、誰かがやることです」

黒田は少しだけ笑った。

「それなら、次はもっと早く終わるかもしれませんね」

「AIの使い方も少し分かりました」

「私は教えていません」

「はいはい」

美咲はノートパソコンを抱え、会議室を出た。

廊下を歩きながら、次の会議のことを考える。

これまでは、全部書かなければならないと思っていた。

聞き漏らさないように。

忘れないように。

完璧に残すために。

けれど、本当に必要だったのは、話した言葉を全部残すことではなかった。

会議の後に、仕事が進む形にすることだった。

AIは、考えなくても答えを出してくれる魔法ではなかった。

それでも、考えたことを整理し、形にする速度は、人よりずっと速かった。

なら、自分は何を考えるべきなのか。

何を残すのか。

何を確認するのか。

どこから先をAIに任せるのか。

美咲は、少しだけ分かった気がした。

会議室のドアを開く。

次の会議の参加者が、すでに席についていた。

美咲は一番端の席に座り、ノートを開いた。

新しいページに三つの見出しを書く。

決定事項。

未決事項。

やること。

その下に、小さく一行だけ付け足した。

『AIに渡す前に、自分が知りたいことを決める』

美咲はペンを置いた。

今日、初めて仕事でAIに話しかけた。

AIが仕事を奪うのかどうかは、まだ分からない。

けれど、少なくとも今日の昼休みは、議事録に奪われずに済みそうだった。

美咲は少しだけ笑った。

そして、会議が始まった。

美咲AIノート

今日のひとこと

AIは、何を作るかだけでなく、何を残したいかを伝えると動きやすくなる。

今日、美咲が覚えたこと

議事録は、会議で話したことをすべて書き写すものではない。

会議の後に仕事を進めるために、

・何が決まったか

・何がまだ決まっていないか

・誰が何をするか

・期限はいつか

を整理する。

AIは、文章を短くしたり、情報を分類したり、形式を整えたりすることが得意。

ただし、AIが作った内容が事実と合っているかは、人が確認しなければならない。

美咲の最初の頼み方

『今日の会議メモがあります。議事録を作るのを手伝ってください。』

この頼み方でも文章は作ってくれた。

しかし、どの情報を重視するのかを伝えていなかったため、会議メモを読みやすく書き直しただけの内容になった。

改善したプロンプト

あなたは、社内会議の議事録作成を支援する事務担当者です。

以下の会議メモを、次の項目に分けて整理してください。

  1. 決定事項
  2. 方針・目標
  3. 未決事項
  4. 担当者が行うこと
  5. 期限
  6. 次回までに確認すること

会議で明確に決まっていない内容は、決定事項として書かないでください。

担当者や期限が分からない場合は、推測せず「要確認」と記載してください。

事実と意見を分け、簡潔な箇条書きでまとめてください。

最後に、会議後すぐに対応すべきことを、優先順位順に三つ示してください。

【会議メモ】

ここに会議メモを貼り付ける。

使用時の注意

会社名、取引先名、個人名、金額、契約情報など、外部に出せない情報は、そのまま入力しない。

必要に応じて、

・取引先名を「A社」に変える

・社員名を「営業担当」などの役割名に変える

・具体的な金額を「予算上限」に変える

など、情報を伏せてから利用する。

また、AIの回答は必ず元のメモや録音と照らし合わせる。

決定していないことを、AIが決定事項としてまとめる場合もある。

AIが作った文章をそのまま提出せず、最後は自分で確認する。

美咲の一歩

今日は、AIに議事録を作ってもらった。

正確には、議事録を一緒に作った。

最初は、AIなら何も言わなくても、欲しい答えを出してくれると思っていた。

でも、AIは私の頭の中までは分からない。

何を大切にしたいのか。

何を残したいのか。

どんな形で使いたいのか。

それを伝えるのは、私の仕事だった。

AIに任せたから、考えなくてよくなったわけではない。

文章を整える時間が減った分、内容を確認する時間が増えた。

全部を一人でやらなくてもいい。

でも、全部をAIに渡してもいけない。

明日は今日より、もう少し上手に話しかけてみよう。

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