午前9時12分。
美咲は自分のパソコンを見ながら、少し満足していた。
議事録はAIで整理できる。 メールは朝、自動で優先順位を付けられる。 長い資料も全部読む前に論点を絞れる。 提案書は構成から相談できる。 Excelの繰り返し作業も、自動化できるものがある。 競合調査では、AIの回答を鵜呑みにせず一次情報まで確認するようになった。
「……私、かなりAI使えるようになったんじゃない?」
そこへ黒田室長が通りかかった。
「何ができるようになった」
「聞いてたんですか?」
「声に出てた」
美咲は指を折った。
「議事録、メール整理、資料作成、PDF、Excel、調査、それから会議の練習もできます」
「なるほど」
黒田は一度うなずいた。
そして聞いた。
「じゃあ、お前の仕事のうち、AIに任せられる仕事は何%だ?」
「……え?」
AIでできることは増えた。でも
美咲は答えられなかった。
AIで議事録を作れることは知っている。 AIでメールを分類できることも知っている。
でも、自分の仕事全体のどこにAIを使えるのかは考えたことがなかった。
「30%……くらい?」
「根拠は?」
「ありません」
「じゃあ10%かもしれないし、70%かもしれないな」
「はい」
黒田は言った。
「AIに何ができるかばかり覚えても、自分の仕事が見えてなければ使いどころは分からない。」
「自分の仕事を全部書き出せるか?」
黒田がホワイトボードの前に立った。
「昨日、一日何をした?」
「昨日ですか?」
美咲は思い出す。
メール確認。 朝会。 会議資料の修正。 売上データ確認。 取引先への返信。 競合サービスの調査。 部長への報告。 会議。 議事録。 来週の予定調整。
「こんな感じです」
「それは仕事の名前だ」
「仕事の名前?」
「『会議資料の修正』の中で、何をした?」
美咲は少し考えた。
前回資料を探した。 数字を確認した。 文章を書き直した。 グラフを更新した。 上司に確認した。 指摘を反映した。
「……結構ありますね」
「『競合調査』は?」
調べる会社を決める。 検索する。 公式サイトを見る。 料金を確認する。 機能を比較する。 表にする。 特徴をまとめる。 出典を確認する。
美咲は気づいた。
一つの仕事は、一つの作業ではない。
仕事を「動詞」にする
黒田はホワイトボードに書いた。
集める
読む
探す
整理する
比較する
計算する
下書きする
確認する
判断する
承認する
伝える
「仕事の名前じゃなくて、実際に何をしているかで分ける」
「動詞で見るんですね」
「そうするとAIに渡せる場所が見える」
美咲は昨日の仕事を細かく分解し始めた。
AIに全部任せる?
30分後。
ホワイトボードは付箋だらけになった。
美咲が言った。
「じゃあ、この中でAIができそうなものに印を付けます」
情報を集める。 要約する。 比較する。 文章を下書きする。 表を作る。 メール案を作る。
次々に印を付ける。
「結構ありますね」
黒田は言った。
「できるかどうかだけで分けるな」
「え?」
「第8話で何をやった」
美咲は思い出した。
メール整理では、分類や返信案はAIに任せても、最終判断・承認・送信は人間に残した。
「……任せていいかどうかも考える」
「そうだ」
4つに分ける
黒田はホワイトボードを4つに区切った。
① AIに任せる
ルールが明確で、結果を確認しやすく、失敗しても人間が修正できる仕事。
例:
- メールの一次分類
- 会議メモの整理
- 定型データの集計
- 資料の形式変換
- 情報の一覧化
② AIと一緒にやる
AIに案を出してもらい、人間が確認・修正・判断する仕事。
例:
- 提案書の構成
- メール返信案
- 調査結果の整理
- アイデア出し
- 資料レビュー
- 比較検討
③ 人間がやる
責任、承認、交渉、約束、感情、組織判断が大きく関わる仕事。
例:
- 最終承認
- 取引条件の決定
- 契約判断
- 顧客との重要な交渉
- 人事評価
- 機密性の高い意思決定
④ そもそもやめる
AIを使う前に、仕事自体が必要か考える。
例:
- 誰も読んでいない定例資料
- 同じ数字の二重入力
- 意味のない転記
- 慣習だけで続いている報告
美咲は④を見た。
「AI活用の話なのに、やめるんですか?」
「必要ない仕事をAIで高速化してどうする」
「……確かに」
無駄な仕事を自動化すると、無駄が高速になる。
美咲、自分の一日を分類する
昨日の作業を4つに振り分けた。
AIに任せる
メール一次分類。 会議メモ整理。 売上データの定型集計。 予定候補の整理。
AIと一緒にやる
競合調査。 資料構成。 文章修正。 比較表作成。 返信案作成。
人間がやる
数字の最終確認。 部長への報告内容の判断。 取引先への送信。 会議での意思決定。
やめる候補
毎週作っているが、ほとんど使われていない一覧表。 別システムからExcelへの手入力転記。 同じ内容を二つの管理表へ入力する作業。
「……室長」
「なんだ」
「AIに任せる仕事を探してたら、AI以前の問題が見つかりました」
「それでいい」
AIに相談してみる
美咲はAIを開いた。
私の業務を棚卸しします。
これから日常業務を一覧で渡します。 各業務を、作業単位まで分解してください。
そのうえで、次の4種類に仮分類してください。
- AIに任せられる可能性が高い
- AIと人間が一緒に行うのが適している
- 人間が行うべき
- 廃止・簡素化を検討すべき
各項目について、分類理由、想定されるリスク、人間による確認が必要なポイントも示してください。
不明な場合は勝手に判断せず、追加で確認すべき質問を書いてください。
AIが一覧を返した。
美咲はそれを見ながら、一つずつ修正していく。
「AIが『任せられる』って言っても、そのまま任せるわけじゃないんですね」
「お前の会社の責任範囲までAIが知ってるのか?」
「知りません」
「なら最後に決めるのは誰だ」
「私たちです」
効果が大きいところから始める
美咲の一覧には、AI活用候補が14個あった。
「全部やってみます?」
「やめろ」
「また早い」
「14個同時に変えたら、何が良かったのか分からなくなる」
黒田は3つの基準を書いた。
頻度 — どれくらい繰り返すか。
時間 — どれくらい時間を使っているか。
リスク — 間違えたときの影響はどれくらいか。
そしてもう一つ。
確認しやすさ — AIの結果が正しいか、人間が簡単に確認できるか。
「毎日30分かかって、結果をすぐ確認できて、間違っても修正できる仕事なら?」
「優先度高い」
「年に一度しかなくて、間違えたら契約金額が変わる仕事なら?」
「最初の自動化には向いてない」
「そういうことだ」
最初の3つ
美咲は14個から3つを選んだ。
1. 毎朝のメール一次分類
すでに第8話で始めている。頻度が高く、効果も分かりやすい。
2. 毎週の売上データ集計
Excelへの転記と集計に毎週45分かかっている。元データと結果を照合できる。
3. 会議後の議事録整理
会議ごとに20〜30分。決定事項、担当者、期限を人間が最終確認する。
「地味ですね」
「何が」
「もっとAIで企画を全部作るとか、すごいことするのかと思ってました」
黒田は言った。
「会社で効くのは、派手な一回より、地味な30分を毎週消すことだ。」
美咲は黙ってノートに書いた。
一週間後
金曜日、午後4時42分。
美咲は自分の業務棚卸し表を開いた。
メール整理。 一週間で約90分削減。
売上集計。 45分かかっていた作業が、確認込みで12分。
議事録。 平均25分から約8分。
もちろん、全部AIが仕事をしたわけではない。
確認はしている。 修正もしている。 判断もしている。
でも、人間が最初から最後まで手を動かす必要はなくなった。
「室長」
「なんだ」
「最初、AIで何ができるかばっかり調べてました」
「そうだな」
「でも逆だったんですね」
黒田が美咲を見る。
「何が」
「自分の仕事を見て、そこからAIを使える場所を探す」
黒田は少し笑った。
そして言った。
「AIに何ができるか探すな。お前の仕事のどこを渡せるか探せ。」
美咲はノートを開いた。
「それ、第10号にします」
MISAKI AI NOTE 10
「AIから仕事を探すのではなく、仕事からAIを探す。」
AI活用を始めると、つい「AIで何ができますか?」と考えてしまう。
でも実務では、先に見るべきなのはAIではなく自分の仕事。
① 仕事を名前ではなく「作業」に分解する
「営業」「会議」「資料作成」では大きすぎる。
集める、読む、整理する、比較する、計算する、下書きする、確認する、判断する、承認する、伝える。
動詞まで分解すると、AIを使える場所が見つけやすくなる。
② 4つに分類する
AIに任せる — 定型的で確認しやすい。
AIと一緒にやる — AIが案を作り、人間が判断する。
人間がやる — 責任、承認、交渉、約束などが伴う。
やめる — そもそも必要性が低い。
③ 「できる」と「任せていい」を分ける
AIが技術的にできる仕事でも、会社として任せてよいとは限らない。
機密情報、個人情報、契約、金額、対外的な約束などは特に境界線を決める。
④ 全部を一度に変えない
頻度、所要時間、リスク、確認しやすさで優先順位を付ける。
まずは、頻度が高い・時間がかかる・リスクが低い・結果を確認しやすい仕事から始める。
⑤ 削減時間を測る
AIを導入しただけでは成果ではない。
「30分が10分になった」「週3時間減った」のように、変化を測る。
実務で使えるプロンプト
プロンプト① 業務を棚卸しする
私の日常業務を棚卸ししたいです。 以下の業務一覧を、実際の作業単位まで分解してください。
各作業について、 ・何を入力として使うか ・何を判断しているか ・何を成果物として出しているか ・どのくらい定型的か を整理してください。
不明な点は推測せず、確認質問をしてください。
プロンプト② AI活用候補を探す
分解した業務を次の4つに仮分類してください。
A:AIに任せる候補 B:AIと人間が共同で行う候補 C:人間が行うべき仕事 D:廃止・簡素化を検討する仕事
分類理由と、AIを使う場合のリスク、人間が確認すべきポイントも書いてください。 最終判断は人間が行う前提で整理してください。
プロンプト③ 導入優先順位を決める
AI活用候補について、次の4項目を5段階で評価してください。
・実施頻度 ・現在かかっている時間 ・失敗時のリスク ・AIの出力を人間が確認しやすいか
最初に試す候補を3つ選び、その理由を説明してください。 高リスクな業務は、効率化効果が大きくても優先順位を下げてください。
プロンプト④ 小さく試す計画を作る
この業務にAIを試験導入します。
本番業務をいきなり完全自動化せず、1週間の試行計画を作ってください。
・AIに任せる範囲 ・人間が確認する範囲 ・失敗した場合の戻し方 ・測定する指標 ・導入前後で比較する項目 を整理してください。
今日からできること
まず昨日の仕事を10個書き出す。
それぞれを「何をしたか」という動詞に分解する。
そして、
AIに任せる / AIとやる / 人間がやる / やめる
の4つに置いてみる。
AI活用は、新しい仕事を増やすためのものではない。
今ある仕事のやり方を変えるためのものだ。
美咲は今日もAIに話しかける。
でも、以前とは少し違う。
「AIで何ができる?」とは聞かなくなった。
自分の仕事を見ながら、こう考える。
「この仕事の、どこを一緒にやってもらおう?」
前の話
第9話「それ、本当に合ってますか?」
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第11話「AIとつくる、引き継ぎメモ」