十二月中旬。
営業部に一本の電話が入った。
営業部員 — 「佐藤さん、お客様からです。」
受話器を取る。
先日契約した製造業の社長だった。
社長 — 「佐藤さん。」
社長 — 「少し相談があるんです。」
導入したシステムが思うように現場へ定着しないという。
機能は問題ない。
操作も難しくない。
それでも使われない。
社長 — 「一度、現場を見てもらえませんか。」
美咲は翌日の訪問を約束した。
翌日。
工場へ到着すると、現場は静かだった。
機械は動いている。
しかし、システムの画面は誰も開いていない。
紙の帳票だけが机に積まれていた。
工場長が苦笑する。
工場長 — 「結局、昔のやり方が一番早いって言うんですよ。」
美咲は頷きながらメモを取る。
説明不足だったのか。
操作が難しかったのか。
頭の中で原因を探し始める。
その時だった。
ふと黒田の声が浮かぶ。
「事実から始める。」
美咲はペンを止めた。
原因を考える前に、現場を歩いた。
若手社員が紙へ手書きしている。
ベテランは画面を一度だけ開いて閉じた。
誰も文句は言わない。
でも、誰も使わない。
昼休み。
美咲はベテラン社員へ声を掛けた。
佐藤美咲 — 「少しお話を聞いてもいいですか。」
男性は照れくさそうに笑った。
ベテラン社員 — 「いいですよ。」
美咲は質問した。
佐藤美咲 — 「システムのどこが使いにくいですか?」
男性は首を振る。
ベテラン社員 — 「使いにくくはないです。」
佐藤美咲 — 「じゃあ、どうして紙を?」
少し沈黙が流れた。
やがて男性はゆっくり答えた。
ベテラン社員 — 「……紙だと。」
ベテラン社員 — 「隣の人が見えるんです。」
美咲は聞き返した。
佐藤美咲 — 「見える?」
ベテラン社員 — 「困ってるのが分かるんですよ。」
ベテラン社員 — 「画面になると。」
ベテラン社員 — 「みんな自分だけ見ちゃう。」
ベテラン社員 — 「だから。」
ベテラン社員 — 「話さなくなった。」
その言葉に、美咲は息をのんだ。
問題はシステムではなかった。
コミュニケーションだった。
会社へ戻る車の中。
美咲は運転しながら考えていた。
AIも。
システムも。
便利な道具だ。
でも。
便利になれば、人は自然につながる。
そう思っていた自分がいた。
違った。
便利になるほど、
人は意識して話さなければならない。
翌朝。
営業部。
美咲は黒田へ昨日の出来事を話した。
最後まで黙って聞いていた黒田は、静かにコーヒーを口へ運ぶ。
黒田 — 「どう思った?」
美咲は少し考えた。
佐藤美咲 — 「システムを売ったつもりでした。」
佐藤美咲 — 「でも。」
佐藤美咲 — 「本当に届けるべきだったのは。」
言葉が自然に出てくる。
佐藤美咲 — 「働き方だったんです。」
黒田は小さく笑った。
黒田 — 「いいね。」
それ以上は何も言わない。
美咲はもう、続きを聞かなかった。
黒田が答えを持っていることは知っている。
でも今は、
自分の中にある答えを育てたいと思った。
午後。
営業部ではレビュー会が開かれていた。
七海が作った提案書を前に、全員が席に着く。
少し前なら、美咲は赤ペンを持っていただろう。
今日は違う。
資料を閉じる。
そして七海を見る。
佐藤美咲 — 「最初に聞いてもいい?」
七海は少し緊張しながら頷く。
佐藤美咲 — 「この提案。」
佐藤美咲 — 「一番届けたい相手は誰?」
七海は少し考えてから答えた。
高橋七海 — 「現場で毎日使う人です。」
佐藤美咲 — 「どうして?」
高橋七海 — 「その人が納得しないと、社長が決めても続かないと思ったからです。」
美咲は微笑んだ。
佐藤美咲 — 「じゃあ。」
佐藤美咲 — 「その人が読んだら、どんな気持ちになるかな。」
会議室は静かになった。
誰も答えを教えない。
でも、全員が考えている。
その空気を見ながら、神崎部長が小さく笑った。
営業部は変わり始めていた。
黒田が変えたのではない。
問いが文化になり始めていた。
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