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黒田室長はAIを教えない

AI時代に一番大切な仕事の教科書

第13章

帰る場所をつくる人

売ることではなく、困ったときに戻れる安心を届ける。営業部が居場所になる第13章。

読了時間 約12分公開日 2026年7月22日
  • 安心
  • 居場所
  • 営業

三月。

営業部には春の空気が流れ始めていた。

窓際の観葉植物には、小さな新芽が出ている。

七海も、もう電話で緊張することは少なくなった。

蒼は後輩へAIの使い方を教えるようになり、

神崎部長はレビュー会へ必ず参加するようになっていた。

営業部は変わっていた。

誰も、その変化を口にはしない。

でも、誰もが感じていた。

昼休み。

社員食堂。

七海がぽつりとつぶやいた。

高橋七海 — 「営業部って。」

高橋七海 — 「なんか変わりましたよね。」

蒼が笑う。

— 「前は静かだった。」

— 「今は質問ばっかり。」

田辺も笑う。

田辺 — 「レビューも怖くなくなった。」

神崎部長が味噌汁を飲みながら言う。

神崎部長 — 「相談が増えたな。」

少し前なら、

「忙しいので後で。」

そんな言葉ばかりだった。

今は違う。

「一緒に考えよう。」

その言葉が自然に出る。

その日の午後。

一本の電話が入る。

契約にはならなかったお客様からだった。

社長 — 「佐藤さん。」

社長 — 「相談だけなんですが。」

競合他社で導入したシステムがうまく動かないという。

社長 — 「御社とは契約していないのに。」

社長 — 「申し訳ありません。」

美咲は少し笑った。

佐藤美咲 — 「大丈夫ですよ。」

佐藤美咲 — 「何に困っていますか?」

三十分ほど話を聞いた。

最後に社長が言う。

社長 — 「ありがとう。」

社長 — 「契約してないのに。」

社長 — 「相談できる会社があって助かりました。」

電話を切る。

美咲は少し考えた。

売上にはならない。

でも、

営業として何か大切なものを得た気がした。

夕方。

黒田が帰り支度をしている。

美咲がその話をした。

佐藤美咲 — 「契約にならない相談だったんです。」

黒田は静かに聞いていた。

佐藤美咲 — 「でも。」

佐藤美咲 — 「話を聞いてよかったと思いました。」

黒田は少し窓の外を見る。

夕日が営業部を赤く染めていた。

黒田 — 「会社って。」

黒田が静かに言う。

黒田 — 「帰る場所なんだ。」

美咲は意味が分からなかった。

佐藤美咲 — 「帰る場所?」

黒田 — 「困ったら。」

黒田 — 「相談できる。」

黒田 — 「失敗したら。」

黒田 — 「戻れる。」

黒田 — 「分からなかったら。」

黒田 — 「聞ける。」

黒田は営業部を見渡した。

七海が笑っている。

蒼が誰かへAIを教えている。

田辺と神崎部長がレビューをしている。

黒田 — 「そういう場所なら。」

少し笑う。

黒田 — 「人は辞めない。」

その夜。

美咲は帰宅すると、娘の結菜がランドセルを抱えて泣いていた。

佐藤美咲 — 「どうしたの?」

結菜 — 「友達とけんかした。」

結菜 — 「もう学校行きたくない。」

美咲はすぐには励まさなかった。

黒田なら、どうするだろう。

そう思った。

しばらく隣へ座る。

お茶を入れる。

二人で黙って飲む。

十分ほど経ってから聞いた。

佐藤美咲 — 「何があったの?」

結菜は少しずつ話し始めた。

全部話し終えるころには、涙は止まっていた。

最後に結菜が笑った。

結菜 — 「聞いてくれてありがとう。」

美咲も笑う。

佐藤美咲 — 「解決してないけどね。」

結菜 — 「うん。」

結菜 — 「でも。」

結菜 — 「ちょっと楽になった。」

その瞬間、美咲は気付く。

仕事も同じだった。

人は、

答えが欲しいのではない。

安心して話せる場所が欲しいのだ。

翌朝。

営業部。

黒田はホワイトボードへ一言だけ書いた。

安心

誰も説明を求めなかった。

もう営業部は知っている。

今日の仕事は、

売ることではない。

安心を届けることだ。

昼過ぎ。

黒田は誰もいない会議室へ入る。

静かに仕事ノートを開く。

新しいページ。

万年筆を持つ。

少し考える。

そして、一行だけ書いた。

「そろそろ、私がいなくても大丈夫そうだ。」

読者だけが、その文字を見る。

営業部の誰も知らない。

まだ。

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