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黒田室長はAIを教えない

AI時代に一番大切な仕事の教科書

第9章

一番手のかかる新人

成長した佐伯が、今度は誰かを支える側になる。

読了時間 約11分公開日 2026年7月22日
  • 教育
  • 新人
  • 引き継ぎ

十二月。

営業部に、新しい風が吹いた。

神崎部長 — 「今日から営業部へ配属になります。」

朝礼で神崎部長が紹介する。

神崎部長 — 「高橋七海です。」

緊張した表情の女性が一歩前へ出る。

二十四歳。

新卒二年目。

総務部から営業部への異動だった。

高橋七海 — 「よろしくお願いします。」

小さな声だった。

美咲は自然と二年前の自分を思い出す。

初めて営業部へ配属された日。

電話一本かけるだけで手が震えていた。

神崎部長 — 「佐藤さん。」

朝礼が終わると神崎部長が声をかけた。

神崎部長 — 「教育担当、お願いできますか。」

一瞬だけ言葉に詰まる。

佐藤美咲 — 「私が……ですか。」

神崎部長 — 「そろそろ後輩を育ててもらわないと。」

美咲は小さくうなずいた。

佐藤美咲 — 「分かりました。」

午前中。

七海は美咲の隣に座り、商談メモを書いていた。

何度も消しては書き直している。

佐藤美咲 — 「大丈夫?」

美咲が声を掛けると、七海は慌てて頭を下げた。

高橋七海 — 「すみません。」

高橋七海 — 「何を書けばいいか分からなくて……。」

その瞬間だった。

美咲は反射的に言いそうになった。

「こう書けばいいよ。」

しかし、口が止まる。

黒田の声が頭に浮かぶ。

教えすぎるな。

考えさせろ。

美咲は少しだけ椅子を引いた。

佐藤美咲 — 「七海さん。」

高橋七海 — 「はい。」

佐藤美咲 — 「お客様は。」

佐藤美咲 — 「何に困ってたと思う?」

七海は黙った。

ノートを見る。

資料を見る。

少し考える。

高橋七海 — 「……納期、ですか。」

佐藤美咲 — 「どうしてそう思ったの?」

高橋七海 — 「何回も確認されていたので。」

美咲はうなずいた。

佐藤美咲 — 「いいところ見てるね。」

七海の表情が少しだけ明るくなる。

佐藤美咲 — 「じゃあ。」

佐藤美咲 — 「その困りごとが伝わるようにメモを書いてみようか。」

七海はもう一度ノートを開いた。

今度は手が止まらない。

昼休み。

社員食堂。

蒼が笑いながら聞く。

— 「教育担当、どうですか?」

美咲は苦笑した。

佐藤美咲 — 「難しい。」

— 「何が?」

佐藤美咲 — 「教えたくなる。」

蒼は笑う。

— 「分かります。」

— 「答え言った方が早いですもん。」

美咲は箸を止める。

佐藤美咲 — 「でも。」

佐藤美咲 — 「早いだけなんだよね。」

その言葉を聞いた蒼は、一瞬だけ黙った。

二人とも、黒田と同じことを考え始めていた。

午後。

七海が初めて電話応対をする。

緊張で声が小さい。

途中で言葉に詰まる。

受話器を押さえ、美咲を見る。

高橋七海 — 「どうしたら……。」

美咲は口を開きかける。

答えを言えば終わる。

三十秒で済む。

でも違う。

美咲は小さくメモを書いて見せた。

「相手は何を知りたい?」

七海はその紙を見る。

深呼吸をする。

そして受話器へ向き直った。

高橋七海 — 「失礼しました。」

高橋七海 — 「確認いたします。」

落ち着いた声だった。

電話が終わる。

七海は大きく息を吐いた。

高橋七海 — 「できました……。」

佐藤美咲 — 「うん。」

佐藤美咲 — 「自分でできたね。」

七海は少し驚いた顔をした。

高橋七海 — 「佐藤さん。」

高橋七海 — 「助けてくれないんだと思いました。」

美咲は笑う。

佐藤美咲 — 「助けてたよ。」

高橋七海 — 「え?」

佐藤美咲 — 「答えじゃなくて。」

佐藤美咲 — 「考える場所を。」

七海はその意味を、まだ半分しか理解できていなかった。

でも、美咲自身は気付いていた。

これはもう、黒田の言葉ではない。

自分の言葉になり始めている。

夕方。

営業部には静かな音楽が流れていた。

黒田は自分の席で仕事ノートを開いている。

美咲が近づいた。

佐藤美咲 — 「黒田さん。」

黒田 — 「どうだった?」

佐藤美咲 — 「……難しかったです。」

黒田は顔を上げる。

黒田 — 「教えるの?」

美咲はうなずく。

佐藤美咲 — 「答えを言わないようにするのが。」

佐藤美咲 — 「すごく難しかったです。」

黒田は笑った。

黒田 — 「そう。」

少し間を置く。

黒田 — 「だから。」

黒田 — 「先生も。」

黒田 — 「毎日勉強。」

二人は少し笑った。

そのとき、美咲は初めて思った。

黒田は、生まれつきこんな人だったわけじゃない。

毎日迷って、

毎日考えて、

毎日失敗しながら、

少しずつ今の黒田になったのだ。

そのことが、なぜだかとても嬉しかった。

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