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黒田室長はAIを教えない

AI時代に一番大切な仕事の教科書

第14章

人は、変われる

七海の初受注。信じてもらえたから育つ。教育とは、一歩踏み出す勇気を隣で待つこと。

読了時間 約12分公開日 2026年7月22日
  • 成長
  • 信頼
  • 教育

三月中旬。

営業部では、年度末最後の大型案件が動いていた。

担当は七海だった。

営業部へ来て、まだ三か月。

普通なら先輩が同行する。

しかし今回は違った。

神崎部長が静かに言った。

神崎部長 — 「今回は一人で行こう。」

七海は驚いた。

高橋七海 — 「私一人ですか?」

神崎は笑う。

神崎部長 — 「もう大丈夫だろ。」

七海は思わず美咲を見る。

美咲も少しだけ不安だった。

けれど、首を縦に振る。

佐藤美咲 — 「行っておいで。」

営業車が会社を出ていく。

窓から見送る営業部。

蒼がぽつりと言った。

— 「大丈夫かな。」

田辺が笑う。

田辺 — 「昔のお前も同じこと言われてたぞ。」

営業部に笑いが広がる。

その輪の少し後ろで、黒田は静かに窓の外を見ていた。

何も言わない。

ただ、小さくうなずくだけだった。

午後四時。

営業部では誰も落ち着かなかった。

時計を見る。

メールを開く。

また時計を見る。

七海から連絡はない。

— 「遅いな。」

蒼が心配そうにつぶやく。

美咲は自分の初商談を思い出していた。

帰り道、悔しくて泣いたこと。

車を停めて、十分ほど動けなかったこと。

「大丈夫。」

そう自分に言い聞かせる。

でも胸は落ち着かなかった。

午後五時十分。

営業部のドアが開く。

七海だった。

スーツの肩に、小さな雨粒が残っている。

佐藤美咲 — 「おかえり。」

美咲が声を掛ける。

七海は何も言わない。

ゆっくり営業部の真ん中まで歩く。

営業バッグを置く。

そして、

深く頭を下げた。

高橋七海 — 「受注できました。」

営業部が一瞬静まり返る。

次の瞬間。

拍手が起こった。

蒼が立ち上がる。

— 「やったじゃん!」

田辺も笑う。

田辺 — 「初受注だな!」

神崎部長まで拍手している。

七海は顔を上げられなかった。

肩が少し震えている。

泣いていた。

少し落ち着いてから、美咲が聞いた。

佐藤美咲 — 「何が決め手だった?」

七海は涙を拭きながら笑う。

高橋七海 — 「分からないんです。」

営業部が笑う。

高橋七海 — 「でも。」

七海は続けた。

高橋七海 — 「最後に社長が。」

言葉を選ぶようにゆっくり話す。

高橋七海 — 「"あなたは商品を売りに来なかったね"って。」

美咲は静かに聞いている。

高橋七海 — 「"うちの会社を知ろうとしてくれた。"」

高橋七海 — 「"だからお願いしたい。"」

営業部は静かになった。

誰も拍手をしない。

その言葉の重みを、それぞれが噛みしめていた。

その日の夜。

営業部では珍しく小さな祝賀会が開かれた。

コンビニの唐揚げ。

紙コップのお茶。

豪華ではない。

でも、みんな笑っていた。

七海が立ち上がる。

高橋七海 — 「ありがとうございました。」

高橋七海 — 「最初は。」

高橋七海 — 「営業なんて向いてないと思ってました。」

少し笑う。

高橋七海 — 「でも。」

高橋七海 — 「今は。」

高橋七海 — 「お客様の話を聞くのが楽しいです。」

その言葉を聞きながら、美咲は黒田を見た。

黒田は何も言わない。

少し離れた席で、いつものブラックコーヒーを飲んでいる。

拍手もしない。

前へも出ない。

ただ、静かに七海を見ていた。

祝賀会が終わり、みんなが帰り支度を始める。

美咲は黒田の隣へ行った。

佐藤美咲 — 「黒田さん。」

佐藤美咲 — 「七海さん。」

佐藤美咲 — 「立派になりましたね。」

黒田は少し笑う。

黒田 — 「うん。」

黒田 — 「でも。」

黒田 — 「私じゃない。」

佐藤美咲 — 「え?」

黒田 — 「佐藤さん。」

黒田 — 「だよ。」

美咲は驚いた。

佐藤美咲 — 「私、何もしてません。」

黒田は首を横に振る。

黒田 — 「答え。」

黒田 — 「言わなかった。」

黒田 — 「待った。」

黒田 — 「信じた。」

黒田 — 「それが。」

黒田 — 「一番難しい。」

美咲は何も言えなかった。

七海が成長した理由。

それは、自分が教えたからではない。

自分で考えられるようになるまで、待ったから。

ようやく、その意味が分かった。

営業部を出るとき。

黒田はいつものように机の上を整えていた。

ふと、美咲は気付く。

机の引き出しが一つ空になっている。

佐藤美咲 — 「あれ?」

昨日まで入っていた資料がない。

黒田は気付かれたことに気付きながらも、何も言わない。

ただ静かに引き出しを閉める。

営業部員 — 「お先に。」

営業部員 — 「お疲れ様でした。」

営業部にいつもの挨拶が響く。

その背中を見送りながら、美咲は胸の奥に、小さな違和感を覚えた。

理由は分からない。

でも、その背中が少しだけ遠く見えた。

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