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黒田室長はAIを教えない

AI時代に一番大切な仕事の教科書

第7章

忙しい人ほど、考えていない

目の前の作業に追われると、本来の目的を見失う。

読了時間 約10分公開日 2026年7月22日
  • 忙しさ
  • 目的
  • 思考

金曜日、午後五時。

営業部は慌ただしかった。

電話が鳴る。

チャットが届く。

メールの通知音が鳴り続ける。

コピー機は止まらない。

誰も席を立たない。

誰も時計を見ない。

田辺 — 「今日も終わらないな……。」

田辺が伸びをした。

蒼は画面を見つめたまま言う。

— 「AIを使ってるのに、なんで忙しいんだろう。」

その一言に、美咲も思わず顔を上げた。

確かにそうだった。

AIを導入して一か月。

メールは早く書ける。

議事録も数分で終わる。

資料作りも楽になった。

なのに。

なぜか仕事は減っていない。

その日の夕方。

黒田は営業部を見回していた。

誰もが忙しそうにキーボードを叩いている。

黒田は何も言わず、ホワイトボードへ向かった。

大きく二つの円を書く。

左に

作業

右に

仕事

営業部のメンバーが集まってくる。

黒田はペンを置いた。

黒田 — 「質問。」

黒田 — 「違いは?」

誰もすぐには答えられない。

蒼が口を開く。

— 「仕事の中に、作業がある……ですか?」

黒田は笑った。

黒田 — 「面白いね。」

しかし答えは言わない。

美咲はホワイトボードを見つめた。

佐藤美咲 — 「作業は……。」

佐藤美咲 — 「手を動かすこと。」

黒田はうなずく。

黒田 — 「仕事は?」

美咲は考える。

昨日の提案。

お客様との会話。

レビュー。

あの日の電話。

いろいろな場面が頭をよぎる。

そして、ぽつりとつぶやいた。

佐藤美咲 — 「考えること……?」

黒田は初めて大きくうなずいた。

黒田 — 「そう。」

静かな声だった。

黒田 — 「AIが減らすのは。」

黒田 — 「作業。」

黒田 — 「人が増やすべきなのは。」

少し間を置く。

黒田 — 「考える時間。」

営業部が静まり返る。

黒田は蒼のパソコンを指さした。

黒田 — 「今日。」

黒田 — 「AIで何時間浮いた?」

— 「一時間くらいです。」

黒田 — 「その一時間。」

黒田 — 「何した?」

蒼は答えに詰まる。

メール。

チャット。

資料。

結局、別の作業をしていた。

黒田は責めない。

ただ静かに聞く。

黒田 — 「考える時間。」

黒田 — 「取れた?」

蒼は首を横に振った。

— 「……いいえ。」

その夜。

美咲は会社を出る前に、机の上を片付けていた。

ふと気付く。

一年前なら、残業時間はもっと長かった。

今は一時間早く終われる日もある。

でも、その一時間はどこへ消えたのだろう。

スマートフォンを見る。

メール。

チャット。

細かな確認。

空いた時間は、

新しい作業で埋め尽くされていた。

佐藤美咲 — 「考える時間……。」

黒田の言葉が頭をよぎる。

翌週。

美咲は少しだけ仕事のやり方を変えた。

朝一番。

メールを開かない。

チャットも見ない。

三十分だけノートを開く。

今日、お客様は何に困っているだろう。

来月、この会社は何を目指しているのだろう。

自分たちにできることは何だろう。

答えは出ない。

でも、不思議と仕事の見え方が変わる。

九時になってメールを開く。

以前なら「返信しなきゃ」と思っていた内容が、「これは後でもいい」と判断できるようになっていた。

考えてから動く。

それだけで、一日の流れが変わった。

一週間後。

神崎部長が営業部の数字を見て首をかしげた。

神崎部長 — 「残業が減ってる。」

神崎部長 — 「なのに売上は上がってる。」

蒼が笑う。

— 「仕事したからじゃないですか。」

神崎は首をかしげる。

神崎部長 — 「今までも仕事はしていただろ。」

美咲が静かに言った。

佐藤美咲 — 「いいえ。」

佐藤美咲 — 「今までは。」

佐藤美咲 — 「作業をしてました。」

神崎は黙った。

その言葉は、自分にも刺さっていた。

夕方。

黒田は仕事ノートを開く。

静かに一行だけ書く。

そしてノートを閉じる。

誰にも見せない。

しかし読者だけは、その内容を知る。

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