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黒田室長はAIを教えない

AI時代に一番大切な仕事の教科書

第12章

「分からない」と言える人

AI時代に必要な強さは、知っているふりをしないこと。

読了時間 約12分公開日 2026年7月22日
  • わからない
  • 謙虚
  • AI

朝から雪が舞っていた。

営業部では、新年度へ向けた大型プロジェクトの打ち合わせが始まっていた。

相手は全国に工場を持つ企業。

営業部だけでは対応できない。

情報システム部。

総務部。

経理部。

製造部。

五つの部署が一つの会議室に集まっていた。

美咲は少し緊張していた。

営業部の代表として参加するのは初めてだった。

会議が始まる。

情報システム部が説明する。

情報システム部 — 「AIを利用して問い合わせ対応を自動化します。」

経理部が続く。

経理部 — 「帳票も電子化できます。」

製造部が言う。

製造部 — 「現場の入力負担が増えませんか。」

議論は少しずつ平行線になっていった。

それぞれが正しい。

だから前へ進まない。

神崎部長が黒田を見る。

神崎部長 — 「黒田さん。」

神崎部長 — 「どう思いますか。」

部屋の空気が止まる。

みんなが黒田の答えを待っていた。

しかし黒田は資料を閉じた。

静かに言う。

黒田 — 「分かりません。」

会議室が静まり返る。

神崎部長も驚いた表情を見せる。

黒田 — 「まだ。」

黒田 — 「現場を見てないので。」

その一言だけだった。

午後。

黒田は一人で工場へ向かった。

営業担当も連れず。

資料も持たず。

手には黒い仕事ノートだけ。

現場では、作業着姿の社員たちが忙しく動いていた。

黒田は一時間近く何も質問しない。

ただ見ている。

歩いている。

挨拶だけする。

帰り道。

美咲が車を運転していた。

助手席の黒田は窓の外を眺めている。

佐藤美咲 — 「黒田さん。」

佐藤美咲 — 「どうでした?」

黒田は少し笑った。

黒田 — 「まだ。」

黒田 — 「分からない。」

美咲は思わず聞き返す。

佐藤美咲 — 「一時間も見ていたのに?」

黒田はうなずいた。

黒田 — 「一時間じゃ。」

黒田 — 「人生は分からない。」

少し沈黙が流れる。

黒田 — 「仕事も。」

黒田 — 「同じ。」

翌週。

黒田はもう一度工場を訪れた。

今度は社員食堂へ行った。

昼休み。

若手社員の輪に入る。

カレーを食べながら雑談する。

黒田 — 「最近どう?」

黒田 — 「夜勤は?」

黒田 — 「新人は?」

仕事の話はほとんどしない。

笑い声だけが響いていた。

三回目の訪問。

今度は工場長室。

四回目。

倉庫。

五回目。

配送センター。

六回目。

夜勤。

営業部では少し話題になっていた。

— 「黒田さん。」

— 「まだ提案書を書かないんですか。」

蒼が不思議そうに言う。

美咲も少し気になっていた。

普通なら、もう資料は完成している頃だ。

黒田はコーヒーを飲みながら答えた。

黒田 — 「まだ。」

黒田 — 「聞き足りない。」

二週間後。

ようやく提案会議の日が来た。

黒田がホワイトボードに書いた言葉は、たった一つだった。

「入力を減らす」

ではない。

現場の会話を減らさない

会議室が静まり返る。

製造部長がゆっくり口を開く。

製造部長 — 「そこを言ってくれた人は初めてです。」

情報システム部長もうなずく。

情報システム部長 — 「効率ばかり見ていました。」

黒田は首を横に振る。

黒田 — 「違います。」

黒田 — 「教えてもらいました。」

黒田 — 「現場に。」

その瞬間、美咲は胸が熱くなった。

黒田は、

現場を導いたのではない。

現場から学んだ。

帰り道。

美咲は黒田へ聞いた。

佐藤美咲 — 「どうして。」

佐藤美咲 — 「最初に”分からない”って言えたんですか。」

黒田は少し考えた。

黒田 — 「若い頃。」

黒田 — 「知ってるふりばかりしてた。」

黒田 — 「でも。」

黒田 — 「知らないまま決める方が。」

黒田 — 「ずっと怖い。」

それだけだった。

その夜。

美咲は仕事ノートを開く。

今日のページに一行だけ書いた。

分からないと言える人ほど、よく学ぶ。

書き終えて、ふと笑った。

黒田のノートを真似している。

でも、それでいいと思った。

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