火曜日、午後四時。
営業部の会議室。
来月から始まる新サービスの提案書レビューが行われていた。
参加者は五人。
美咲。
蒼。
ベテラン営業の田辺。
若手の中村。
そして神崎部長。
黒田の姿だけがなかった。
蒼 — 「黒田さんは?」
蒼が周りを見渡す。
神崎部長が資料をめくりながら答えた。
神崎部長 — 「今日は人事部で研修。」
神崎部長 — 「レビューは営業部だけでやる。」
蒼は少し不安そうな顔をした。
蒼 — 「黒田さんがいないと……。」
美咲も同じ気持ちだった。
誰が問いを投げるのだろう。
誰が気付かせてくれるのだろう。
神崎部長 — 「じゃあ始めよう。」
神崎部長が言った。
美咲が提案書を説明する。
二十分ほどで説明は終わった。
部屋が静かになる。
以前なら、ここで誰かが言う。
「誤字があります。」
「図を大きく。」
「ここ分かりにくい。」
そんなレビューだった。
しかし誰も口を開かない。
黒田がいないだけで、空気が止まってしまった。
その沈黙を破ったのは、美咲だった。
佐藤美咲 — 「……質問。」
自分でも驚いた。
自然にその言葉が出ていた。
全員が美咲を見る。
佐藤美咲 — 「この提案。」
佐藤美咲 — 「誰が一番喜ぶんだろう。」
部屋の空気が変わる。
田辺が資料を読み返す。
田辺 — 「社長かな。」
中村が首を振る。
中村 — 「現場じゃないですか?」
蒼もページをめくる。
蒼 — 「いや、経理かも。」
議論が始まった。
誰も正解を言わない。
でも、全員が考え始めていた。
一時間後。
提案書は赤字だらけになっていた。
しかし、その赤字は以前とは違う。
誤字ではない。
「この表現で安心できる?」
「現場は本当に困ってる?」
「導入後のイメージが湧く?」
すべてがお客様目線だった。
レビューが終わる頃には、外は夕焼けに染まっていた。
神崎部長が資料を閉じる。
神崎部長 — 「今日のレビュー。」
神崎部長 — 「黒田さんがいなくてもできたな。」
蒼が笑う。
蒼 — 「いや。」
蒼 — 「いたと思います。」
神崎部長 — 「え?」
蒼 — 「みんな。」
蒼 — 「黒田さんみたいに質問してました。」
部屋が静かになる。
美咲は少し照れくさそうに笑った。
確かにそうだった。
誰も答えを言わない。
でも質問は増えていた。
翌朝。
黒田が営業部へ戻ってきた。
机の上には、レビュー後の提案書が置かれている。
赤字でいっぱいだった。
黒田はページをめくる。
しばらく何も言わない。
営業部の全員が少し緊張する。
やがて黒田が顔を上げた。
黒田 — 「いいレビューだった?」
美咲は笑顔で答えた。
佐藤美咲 — 「はい。」
佐藤美咲 — 「たぶん。」
佐藤美咲 — 「誰も。」
佐藤美咲 — 「ダメ出ししてません。」
黒田は静かにうなずいた。
黒田 — 「レビューって。」
少し間を置く。
黒田 — 「作品を否定する時間じゃない。」
さらに一口コーヒーを飲む。
黒田 — 「相手が成功する方法を。」
黒田 — 「みんなで探す時間。」
美咲はその言葉を聞いて、昨日の会議を思い出した。
誰も資料を壊そうとはしていなかった。
もっと良くしたい。
その気持ちだけだった。
だから、あの赤字は傷ではなく、
応援だったのだ。
午後。
お客様への最終提案。
レビューで追加した一枚の図を見た社長が、ゆっくりとうなずく。
社長 — 「これなら。」
社長 — 「導入した後まで想像できます。」
美咲は心の中で、小さくガッツポーズをした。
一人で作っていたら、この一枚は生まれなかった。
レビューで救われた。
そう思った。
営業部へ戻ると、蒼が笑顔で迎えた。
蒼 — 「どうでした?」
美咲は提案書を軽く持ち上げる。
佐藤美咲 — 「この契約。」
佐藤美咲 — 「私じゃなくて。」
佐藤美咲 — 「営業部で取ったね。」
その言葉に、誰も否定しなかった。
黒田も、静かに笑っていた。
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