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黒田室長はAIを教えない

AI時代に一番大切な仕事の教科書

第17章

AIは教えない

第1部最終章。美咲が新人研修で教えるのは、AIではなく仕事と問いだった。

読了時間 約12分公開日 2026年7月22日
  • 最終章
  • 問い
  • 教育

半年後。

四月。

新しい年度が始まった。

営業部にも、新入社員が配属される。

会議室には十人ほどの新人が座っていた。

緊張した表情。

真新しいスーツ。

まだ少し硬い笑顔。

窓から差し込む春の日差しが、白いホワイトボードを照らしている。

佐藤美咲 — 「おはようございます。」

会議室のドアが開く。

佐藤美咲だった。

少し落ち着いた表情。

以前よりも歩く速度がゆっくりになった。

新人たちへ一礼する。

佐藤美咲 — 「よろしくお願いします。」

美咲はホワイトボードの前へ立つ。

ペンを持つ。

新人たちはノートを開く。

「AI研修」と書かれた資料が机の上に置かれている。

きっと、

ChatGPTの使い方。

プロンプトの書き方。

便利な機能。

そんな話が始まると思っている。

美咲は何も話さない。

ホワイトボードへ、大きく一文字だけ書いた。

会議室が静かになる。

新人たちは顔を見合わせる。

一人の男性が、おそるおそる手を挙げた。

新人 — 「すみません。」

新人 — 「書き間違いですか?」

会議室に小さな笑いが広がる。

美咲も笑った。

佐藤美咲 — 「いい質問です。」

その一言で、会議室の空気が少し和らいだ。

美咲は新人たちを見渡す。

半年前の自分が、そこに座っているような気がした。

佐藤美咲 — 「今日は。」

少し間を置く。

佐藤美咲 — 「AIは教えません。」

新人たちがざわつく。

新人 — 「え?」

新人 — 「じゃあ、何を勉強するんですか?」

美咲はホワイトボードの「?」を見つめた。

静かに答える。

佐藤美咲 — 「仕事です。」

また静かになる。

美咲は続ける。

佐藤美咲 — 「AIは便利です。」

佐藤美咲 — 「資料も作れます。」

佐藤美咲 — 「メールも書けます。」

佐藤美咲 — 「議事録もまとめてくれます。」

佐藤美咲 — 「でも。」

佐藤美咲 — 「仕事は。」

佐藤美咲 — 「作れません。」

新人たちは真剣な表情になる。

佐藤美咲 — 「仕事は。」

佐藤美咲 — 「人の困りごとを見つけること。」

佐藤美咲 — 「人の話を聞くこと。」

佐藤美咲 — 「一緒に考えること。」

佐藤美咲 — 「信じてもらうこと。」

佐藤美咲 — 「そして。」

佐藤美咲 — 「ありがとうと言ってもらえること。」

会議室は静まり返っていた。

誰もメモを取らない。

ただ聞いている。

美咲はペンを置く。

佐藤美咲 — 「だから。」

佐藤美咲 — 「今日は質問から始めます。」

一人の新人を見る。

佐藤美咲 — 「あなたは。」

佐藤美咲 — 「仕事って何だと思いますか?」

新人は困ったように笑う。

新人 — 「まだ分かりません。」

美咲は優しくうなずく。

佐藤美咲 — 「それでいい。」

佐藤美咲 — 「私も。」

佐藤美咲 — 「まだ分からないから。」

その瞬間。

会議室の空気が少し変わった。

正解を探す場所ではなく、

一緒に考える場所になった。

研修が終わる。

新人たちが部屋を出ていく。

最後に一人の新人が立ち止まる。

新人 — 「佐藤さん。」

新人 — 「今日。」

新人 — 「AIの話、ほとんどありませんでしたね。」

美咲は笑う。

佐藤美咲 — 「そうだね。」

佐藤美咲 — 「でも。」

佐藤美咲 — 「一番大事な話をしたよ。」

新人は首をかしげる。

新人 — 「何ですか?」

美咲はホワイトボードを見る。

まだ「?」が残っている。

佐藤美咲 — 「いい質問を持つこと。」

佐藤美咲 — 「それだけ覚えて帰って。」

新人は少し考えてから笑った。

新人 — 「はい。」

深く頭を下げ、部屋を出ていく。

ドアが閉まる。

静かな会議室。

美咲は一人、ホワイトボードの前に立つ。

ふと窓の外を見る。

春風に桜が揺れている。

その景色を見ながら、小さく笑った。

佐藤美咲 — 「黒田さん。」

返事はない。

でも、不思議と寂しくはなかった。

営業部には、今も質問が飛び交っている。

レビューでは答えより問いが増えた。

新人は「分かりません」と言えるようになった。

誰かが困れば、誰かが隣に座る。

あの日、黒田が作ろうとしていたものは、

ちゃんと残っていた。

美咲はホワイトボードへ近づく。

黒板消しを持つ。

を消そうとして、

少しだけ考える。

そして、消さなかった。

代わりに、その下へ一行だけ書いた。

いい仕事は、いい質問から始まる。

ペンを置く。

部屋を出る。

ドアが静かに閉まる。

ホワイトボードだけが残る。

白い会議室。

窓から差し込む春の光。

ホワイトボードには、

二つの文字だけ。

いい仕事は、いい質問から始まる。

ページをめくる。

白紙。

その中央に、小さく一行だけ。

次の質問は、あなたが書く。

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第16章「黒田室長がいない朝」

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