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黒田室長はAIを教えない

AI時代に一番大切な仕事の教科書

第16章

黒田室長がいない朝

四月一日。黒田は人材開発部へ。残されたノートには「次は、あなたが書く」とだけあった。

読了時間 約12分公開日 2026年7月22日
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  • ノート
  • 人材開発

四月一日。

営業部の朝は、いつもと変わらなかった。

七海が一番に出社する。

窓を開ける。

コーヒーメーカーのスイッチを入れる。

コピー機が動き始める。

いつもの朝だ。

高橋七海 — 「おはようございます。」

蒼が入ってくる。

— 「おはよう。」

美咲も出社する。

営業部に、少しずつ人が集まる。

いつも通り。

本当に、いつも通りだった。

七海は自然とコーヒーを二杯入れた。

一杯は自分。

もう一杯は……

高橋七海 — 「あ。」

思わず手が止まる。

黒田の席を見る。

椅子がきれいに机へ収まっていた。

机の上には何もない。

パソコンもない。

書類もない。

黒い革のノートだけが、静かに置かれていた。

— 「黒田さん?」

蒼が周りを見渡す。

— 「まだ来てない?」

美咲も首をかしげる。

佐藤美咲 — 「珍しいね。」

黒田は毎朝、一番早く来る。

いつもコーヒーを飲みながら営業部を眺めていた。

遅刻など、一度も見たことがない。

その時だった。

全員のパソコンへ、一通のメールが届く。

件名。

人事異動のお知らせ

営業部が静かになる。

美咲はクリックする。

画面を見たまま、動けなくなった。

四月一日付 人事異動

黒田室長

人材開発部 部長 着任

誰も声を出さなかった。

高橋七海 — 「……え?」

七海が小さくつぶやく。

蒼は立ち上がる。

— 「うそでしょ。」

田辺がゆっくり椅子へ座る。

神崎部長だけが静かに目を閉じた。

知っていた。

でも、話さなかった。

営業部には、不思議な静けさが流れていた。

誰も泣かない。

誰も騒がない。

ただ、机を見ている。

黒田の机を。

美咲がゆっくり近づく。

机の上。

黒い革のノート。

その横に、一枚の封筒。

表には、たった一言。

営業部のみなさんへ

美咲は営業部を見渡した。

佐藤美咲 — 「……開けてもいいかな。」

誰も反対しない。

封を切る。

中には便箋が一枚。

黒田らしい、少し丸みのある字。

営業部のみなさんへ。

お世話になりました。

……と書くと、もう会えないみたいですね。

同じ会社です。

いつでも会えます。

だから、「ありがとう」は書きません。

一つだけ。

営業部へ来た初日、ホワイトボードへ

「仕事とは?」

と書きました。

あの答えは、私もまだ分かりません。

だから、今日からは、みなさんが続きを考えてください。

黒田

便箋は、そこで終わっていた。

営業部は静まり返る。

七海が涙をこぼす。

高橋七海 — 「ずるい……。」

蒼も笑いながら目をこする。

— 「最後まで質問なんですね。」

美咲は黒田のノートを開く。

最後のページ。

そこには、一行だけ。

次は、あなたが書く。

その下は白紙だった。

営業部には、誰もいない。

でも、不思議だった。

黒田がいなくなった感じがしない。

七海が新人へ質問している。

蒼がレビューをしている。

神崎部長が、お客様の声を読んでいる。

美咲が、ホワイトボードの前に立つ。

黒田がいた頃と、同じ景色だった。

美咲は黒板消しを持つ。

年間消えなかった文字。

仕事とは?

消そうとして、手が止まる。

しばらく見つめる。

そして、黒板消しを置いた。

代わりに、その下へ新しい文字を書く。

今日の質問

営業部のみんなが振り向く。

美咲は少し笑った。

佐藤美咲 — 「今日は。」

佐藤美咲 — 「みんなに質問があります。」

七海が笑う。

高橋七海 — 「答えは教えてくれないんですよね。」

営業部に笑いが広がる。

美咲も笑った。

佐藤美咲 — 「もちろん。」

佐藤美咲 — 「今日は。」

佐藤美咲 — 「私も分からないから。」

その瞬間。

営業部は、黒田室長がいた頃と同じ空気になった。

違うのは、一つだけ。

もう、その空気は黒田一人のものではない。

営業部全員のものになっていた。

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