月曜日の朝。
営業部には、いつもより少しだけ重い空気が流れていた。
始業十分前。
誰もがパソコンを立ち上げながらも、仕事ではなくスマートフォンを見ている。
画面には、同じニュースが並んでいた。
「AIがホワイトカラーの仕事を奪う」
「生成AIで事務作業の八割が自動化」
「営業資料もAIが作る時代へ」
佐藤美咲は、その記事を見ながら小さく息を吐いた。
佐藤美咲 — 「……本当に、そんな時代が来るのかな。」
営業になって十二年。
新人だった頃は、提案書を作るだけで一日かかった。
上司に何度も赤ペンを入れられ、深夜まで修正した。
お客様に断られては落ち込み、契約が取れれば泣きそうになるほど嬉しかった。
そんな積み重ねで、今の自分がある。
それなのに。
「AIが全部やります。」
そんな言葉を聞くたびに、自分の十二年間まで否定されているような気持ちになってしまう。
そのときだった。
蒼 — 「佐藤さん!」
元気な声と一緒に、一人の青年が営業部へ飛び込んできた。
蒼 — 「見ました? 今日から使えるらしいですよ!」
蒼だった。
入社三年目。
営業部一のAI好き。
新しいサービスが出れば、その日のうちに試す。
便利そうなアプリを見つけては、営業部全員へ紹介する。
蒼 — 「AIって、本当にすごいですよ!」
蒼 — 「提案書も作れますし、議事録も一瞬です!」
蒼 — 「メールだって書いてくれます!」
蒼 — 「営業、変わりますよ!」
蒼は目を輝かせていた。
美咲は苦笑いする。
佐藤美咲 — 「私は、少し怖いかな。」
蒼 — 「え?」
佐藤美咲 — 「もし、本当にAIが何でもできるようになったら……。」
佐藤美咲 — 「私たち、何をするんだろう。」
蒼は一瞬だけ考えた。
そして笑った。
蒼 — 「そのときは、そのときですよ。」
蒼 — 「便利になるなら、いいじゃないですか。」
価値観が違う。
でも、悪い子ではない。
美咲はそう思っていた。
そのとき、営業部の入口が静かに開いた。
神崎部長だった。
四十五歳。
今年から全社DX推進責任者も兼任している。
スーツ姿のまま営業部を見渡し、いつものように短く言う。
神崎部長 — 「九時から全体会議です。」
神崎部長 — 「社長から発表があります。」
営業部がざわつく。
社長が朝礼に来ることは滅多にない。
何か大きな話だ。
九時。
大会議室。
全社員が集まっていた。
社長は壇上へ立つと、短く切り出した。
社長 — 「今日から、当社は本格的に生成AIを導入します。」
会場がざわめく。
社長 — 「営業。」
社長 — 「経理。」
社長 — 「人事。」
社長 — 「総務。」
社長 — 「全部門で活用してください。」
神崎部長が続ける。
神崎部長 — 「目標は一年以内に生産性三〇%向上です。」
神崎部長 — 「AI利用率一〇〇%を目指します。」
拍手が起こる。
でも、美咲は拍手できなかった。
佐藤美咲 — 「三〇%向上。」
その三〇%は、
仕事なのか。
残業なのか。
それとも、人なのか。
そんなことを考えてしまう。
社長が最後に言った。
社長 — 「なお。」
社長 — 「今回のAI導入支援として、一名、人材を営業部へ異動させます。」
会場の後ろのドアが開く。
一人の男性がゆっくり歩いてきた。
五十代半ば。
グレーのスーツ。
手には黒い革のノート。
そして紙コップのブラックコーヒー。
派手さはない。
でも、不思議と空気が静かになる。
社長が紹介する。
社長 — 「今日から営業部へ配属になります。」
社長 — 「黒田です。」
黒田は一礼した。
拍手。
それが止むのを待ってから、
ホワイトボードの前へ歩いていく。
ペンを取る。
社員全員が見ている。
AIの専門家。
きっと最新技術の話が始まる。
そう思っていた。
黒田はホワイトボードに、大きく一言だけ書いた。
仕事とは?
会場が静かになる。
誰も意味が分からない。
黒田はゆっくり振り返り、初めて口を開いた。
黒田 — 「質問です。」
黒田 — 「皆さん。」
黒田 — 「仕事って、何ですか。」
誰も答えられなかった。
AI導入説明会なのに。
AIの話は、一つも始まらなかった。
第1章「AIは新人社員」へ続く。
COMPLETE
もうすぐ読了です
最後まで読むと、読了と関連リンクが表示されます。
次の話
第1章「AIは新人社員」