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黒田室長はAIを教えない

AI時代に一番大切な仕事の教科書

プロローグ

AIが会社にやってきた日

生成AI導入の日、黒田が最初に投げかけたのはAIの使い方ではなく『仕事とは何か』という問いだった。

読了時間 約8分公開日 2026年7月17日
  • AI
  • 仕事
  • 問い

月曜日の朝。

営業部には、いつもより少しだけ重い空気が流れていた。

始業十分前。

誰もがパソコンを立ち上げながらも、仕事ではなくスマートフォンを見ている。

画面には、同じニュースが並んでいた。

「AIがホワイトカラーの仕事を奪う」

「生成AIで事務作業の八割が自動化」

「営業資料もAIが作る時代へ」

佐藤美咲は、その記事を見ながら小さく息を吐いた。

佐藤美咲 — 「……本当に、そんな時代が来るのかな。」

営業になって十二年。

新人だった頃は、提案書を作るだけで一日かかった。

上司に何度も赤ペンを入れられ、深夜まで修正した。

お客様に断られては落ち込み、契約が取れれば泣きそうになるほど嬉しかった。

そんな積み重ねで、今の自分がある。

それなのに。

「AIが全部やります。」

そんな言葉を聞くたびに、自分の十二年間まで否定されているような気持ちになってしまう。

そのときだった。

— 「佐藤さん!」

元気な声と一緒に、一人の青年が営業部へ飛び込んできた。

— 「見ました? 今日から使えるらしいですよ!」

蒼だった。

入社三年目。

営業部一のAI好き。

新しいサービスが出れば、その日のうちに試す。

便利そうなアプリを見つけては、営業部全員へ紹介する。

— 「AIって、本当にすごいですよ!」

— 「提案書も作れますし、議事録も一瞬です!」

— 「メールだって書いてくれます!」

— 「営業、変わりますよ!」

蒼は目を輝かせていた。

美咲は苦笑いする。

佐藤美咲 — 「私は、少し怖いかな。」

— 「え?」

佐藤美咲 — 「もし、本当にAIが何でもできるようになったら……。」

佐藤美咲 — 「私たち、何をするんだろう。」

蒼は一瞬だけ考えた。

そして笑った。

— 「そのときは、そのときですよ。」

— 「便利になるなら、いいじゃないですか。」

価値観が違う。

でも、悪い子ではない。

美咲はそう思っていた。

そのとき、営業部の入口が静かに開いた。

神崎部長だった。

四十五歳。

今年から全社DX推進責任者も兼任している。

スーツ姿のまま営業部を見渡し、いつものように短く言う。

神崎部長 — 「九時から全体会議です。」

神崎部長 — 「社長から発表があります。」

営業部がざわつく。

社長が朝礼に来ることは滅多にない。

何か大きな話だ。

九時。

大会議室。

全社員が集まっていた。

社長は壇上へ立つと、短く切り出した。

社長 — 「今日から、当社は本格的に生成AIを導入します。」

会場がざわめく。

社長 — 「営業。」

社長 — 「経理。」

社長 — 「人事。」

社長 — 「総務。」

社長 — 「全部門で活用してください。」

神崎部長が続ける。

神崎部長 — 「目標は一年以内に生産性三〇%向上です。」

神崎部長 — 「AI利用率一〇〇%を目指します。」

拍手が起こる。

でも、美咲は拍手できなかった。

佐藤美咲 — 「三〇%向上。」

その三〇%は、

仕事なのか。

残業なのか。

それとも、人なのか。

そんなことを考えてしまう。

社長が最後に言った。

社長 — 「なお。」

社長 — 「今回のAI導入支援として、一名、人材を営業部へ異動させます。」

会場の後ろのドアが開く。

一人の男性がゆっくり歩いてきた。

五十代半ば。

グレーのスーツ。

手には黒い革のノート。

そして紙コップのブラックコーヒー。

派手さはない。

でも、不思議と空気が静かになる。

社長が紹介する。

社長 — 「今日から営業部へ配属になります。」

社長 — 「黒田です。」

黒田は一礼した。

拍手。

それが止むのを待ってから、

ホワイトボードの前へ歩いていく。

ペンを取る。

社員全員が見ている。

AIの専門家。

きっと最新技術の話が始まる。

そう思っていた。

黒田はホワイトボードに、大きく一言だけ書いた。

仕事とは?

会場が静かになる。

誰も意味が分からない。

黒田はゆっくり振り返り、初めて口を開いた。

黒田 — 「質問です。」

黒田 — 「皆さん。」

黒田 — 「仕事って、何ですか。」

誰も答えられなかった。

AI導入説明会なのに。

AIの話は、一つも始まらなかった。

第1章「AIは新人社員」へ続く。

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